各テレビ局の特番や特集はすべて網羅したつもりだが、基本的には無難な作りが目立った。
松井の7年間そのものが十分にドラマであり、今回の活躍が偉大であることに依存すれば、
それだけでそこそこの内容にはなる。
そんな中、今週18日に発売になった週刊ベースボール 11月30日号(400円)は中々面白い。
何の因果か第55号だ。
松井秀喜に関してのコンテンツとしては下記の通り。
#[特集]ワールド・シリーズMVP
松井秀喜 世界の頂の、その先へ―
# インサイド・リポート
想いはただひとつ 世界一になるために
# [シリーズMVP、その価値とは?]
ニューヨークで、そしてメジャーで「真のヒーロー」となった松井
# 2003-2009 HIDEKI MATSUI CHRONICLE
# 2009ゴジラ解剖
(打撃=大島康徳、守備=本西厚博、メンタル=槙原寛己)
3人の解説者が徹底分析
松井×イチロー比較論
ロバート・ホワイティング氏[作家]に聞く
# 動き出した移籍市場と松井の去就 ゴジラよ、どこへ行く―
千葉功の「記録の手帳」
連載2500回記念拡大版スペシャル
松井秀喜が日本人史上初のMVP獲得!
2009「ワールド・シリーズ」総括
これらの中で最も注目すべきはロバート・ホワイティング氏による‘松井×イチロー比較論’だ。
そもそも野球観も打撃スタイルも大きく違うふたりの日本人メジャーリーガーを、
アメリカ人の目で分析している。
日本ではWBCユーフォーリアとも呼ぶべきスタートをした2009年、
途中ではイチローの200本安打狂騒曲に明け暮れていた。
しかし、やはり本場では最高のステージであるワールドシリーズが最大のイベントだという
当たり前のことを極めて自然に説明し、そこでMVPを獲得した松井の価値について
歴史的な視点を踏まえて解説している。
正論を吐いているのにガツン度満点だ。
私のような松井秀喜ファンにとってはまさに快哉を叫びたくなる内容なのだ。
基本はNPBメインの雑誌なので他の記事には特に興味を感じなくても、
個人的にはこの4ページに400円を払う価値がある。
400円を払う気が無い人は立ち読みをするか、
ネットで‘松井×イチロー比較論’で検索すれば抜粋したものはヒットする。
《追加》この価値ある記事の全内容を完全掲載
ロバート・ホワイティング氏が語る
松井・イチロー比較論
記憶に残るイチロー、記憶に残る松井秀喜
松井は日米関係の新しい扉を開けた!!
日本人メジャーで活躍する野手の中で特別な存在になっている
マリナーズのイチローとヤンキースの松井秀喜。
1歳違いの彼らは日本でプレーしているときからさまざまな比較をされてきた。
今回のワールドシリーズMVPにより、2人の関係はますますクローズアップされるはず。
そこで、野球を通して日米の文化の違いなどを論じ、『和をもって日本となす』などの
多くの著書があるロバート・ホワイティング氏(作家)に、イチローと松井について
アメリカでの評価の違いなどを語ってもらった。
球界の盟主の座を取り戻した伝説の英雄になる
―松井選手のワールドシリーズMVPは、アメリカにおいて
どれくらいすごいことなのでしょうか
(ホワイティング) 第6戦の第4打席で「MVP!MVP!」のコールが起きましたよね。
ファンは、日本人メジャーの松井選手として見ているのではなく、
「ヤンキースの英雄」として見ていました。
数年後、ヤンキー・スタジアムで行われるオールスターにほかのスターたちと
ともに松井選手も招待されると思います。彼はヤンキース伝説の英雄になったと思います。
―9年ぶりにチャンピオンの座を手繰り寄せたのが松井選手。
(ホワイティング)そうです。
多くの人がヤンキースは常にチャンピオンでなければいけないと思っている。
松井選手はヤンキースいるべきところに復活させた立役者。
MVP表彰式では英語でスピーチをしませんでしたが、それは関係ない。
阪神の助っ人・バースだって、日本語は話せないでしょ?
でも多くの阪神ファンが彼の虜になり、今も人気は高い。
松井選手もそれと同じだと思います。
―ところで、マリナーズのイチロー選手は01年にリーグMVPを獲得しています。
―それと、今回の松井選手のシリーズMVPとではどのぐらい差があるのですか?
(ホワイティング)松井選手が今回のワールドシリーズでやったことは歴史に残ること。
なぜならば球界の盟主をチャンピオンの座に戻したのですから。
しかし、リーグMVPは毎年必ず1人選ばれる慣例です。
―イチロー選手は9年連続200安打のメジャー記録も打ち立てました。
―イチロー選手と松井選手のアメリカでの評価に何か違いは?
(ホワイティング)イチロー選手が9年連続200安打のメジャー記録を作ったときには、
アメリカ・メディアはあまり大きく取り上げなかった。
多くのファンは、それまでそういう記録があることすら知らなかった。
ジョージ・シスラーの記録を破った04年のときと同じ現象でした。
―なぜアメリカのファンはそういう記録をあまり知らないのでしょう?
(ホワイティング)多くのファンは打率4割、年間最多本塁打、通算最多本塁打、
年間30勝以上、防御率2点台以下のような記録にしか興味がない。
もちろんイチロー選手に対して尊敬の念は抱いていますが、
多くのファンは「野球はパワーゲーム」だと思っています。
だから単打だけだと満足しない。
亡くなってしまいましたが、ニューヨークの友人はイチロー選手に対して、
「あれは野球ではない。ゴロを打つだけだ」と(笑)。
でも松井選手のことは大好きでした。
―なぜ松井選手が大好きだったのでしょうか?
(ホワイティング)松井にブルーワーカー(肉体労働者)的な雰囲気を感じるから。
文句を言わず毎日しっかりと仕事をこなし、ケガをしても必ず試合に出場し、
お金のことは気にしていない、と彼は言っていました。
それと松井が3年前の骨折のときファンやマスコミに向けて謝罪しましたよね。
あれに多くのファンは驚かされました。
今までお詫びの声明を出した選手はいなかった。
ニューヨーク・タイムズ紙やロサンゼルス・タイムズ紙などが
松井の行動にすごく品があった、と評しています。
―今までにそういう選手はいなかった?
(ホワイティング)プレースタイルで似た選手は、ヤンキースには同じようなタイプの外野手が2人。ひとりは40年代に活躍したトミー・ヘンリック。
もうひとりは、50年代に黄金時代で右翼手を守ったハンタ・バウアー。
彼は毎年20本近い本塁打を打ち、100打点を挙げ、
さらには、ここぞの場面でよく打ち、体も強かった。
無口なタイプで無礼なことは一切言ったことがない。
無口の英雄としては松井選手に似ています。
―イチローと似ている選手とは?
(ホワイティング)・・・・・彼はユニーク(唯一)の存在です。
ヒットを打つことを考えればピート・ローズ(元レッズほか)ですが、アメリカのファンには、
イチロー選手は「生意気」でどこかエゴイスト(自己本位な、利己的な)のイメージが強い。
もちろん、彼のプレーを見るのは楽しいんですよ。打席に入る前の仕草なども楽しいし、
肩、足の速さなど選手としては尊敬すべきプレーヤーだとは思っているんです。
紳士的なイチローにフレンドリーな松井
―ホワイティングさんご自身の2人への印象は?
(ホワイティング)イチロー選手とは一度、一対一でインタビューをしたことがあります。
ホテルのスイートで。
何かエルビス・プレスリーを取材するような緊張感でした(笑)。
しかし、実際に話していくうちに私は彼のことが好きになっていきました。
彼は本当に頭が良い。質問の意味を深く考え、
すばらしい答えを返してくれました。とても紳士的という印象が残りました。
―松井選手は?
(ホワイティング)彼は、冗談混じりの質問にもフレンドリーに答えてくれました。
すごく親切な人だと思いました。
毎年、キャンプ中にニューヨークの番記者を食事に誘います。
これもヤンキースの歴史では初めてのことです。
03年の入団直後に不調に陥り「ゴロキング」などと言われましたが、
高い年俸で入ってきた選手であれだけ不振が続けば、ニューヨークのメディアはもっと叩いたはず。
しかし、そこまでしなかったのはやはり松井選手の人柄がそうさせたのだと思います。
―松井選手がそういう選手だとは日本人もわかっています。
―しかしイチローに引かれる日本人ファンももっと多い現実があります。
(ホワイティング)私はWBCの影響もあると思います。イチロー選手は2大会連続出場、
日本の2連覇に貢献しました。
しかし、松井はどちらも辞退。それ以前、2人が日本にいたとき、巨人は毎日のように試合が放送され、
一方でイチロー選手が所属したオリックスの試合はほとんど見ることができなかった。
だから一番人気は松井選手でイチロー選手はいつも2番手。しかし、メジャーに行きリーグMVPを取り、
メジャー記録を塗り替えてそれが逆転し、WBCの活躍でそれが確実になった。
でも、今は松井選手が一番に戻ったと思います。
―もしイチロー選手がヤンキースに移籍していたら……。
(ホワイティング)ファンは尊敬しますが、彼は単打の打者。
ヤンキースはルース以来、本塁打を打てる打者が本物のスターになっています。
しかし、イチロー選手は別のカテゴリーの選手。
スターになるかどうかはジーターのようにチームに貢献する打撃ができるかどうかなのです。
―アメリカの野球はベーブ・ルースが出現してから大きく変わったと言われています。
(ホワイティング)もしイチロー選手が19世紀にプレーしていたら一番人気のスーパースターになっていたと思います。1890~1915年くらいまではタイ・カップ(元タイガースほか)などイチロー選手のようなスタイルの選手が多かったですから。
しかし、ルースが20年に年間54本塁打を打って野球の内容を変えたのです。
そして、ジョー・ディマジオとテッド・ウィリアムズ(元レッドソックス)も出てきて、
アメリカのファンは「パワーがないとスーパースターになれない」という考えに変わっていったのです。
―本塁打中心の野球に変化したということですね。
(ホワイティング)ピート・ローズがタイ・カップの4000安打の記録を塗り替えたときも、
「シングル=つまらない」と。
レッズの同僚で50本塁打を放ったこともあるジョージ・フォスターは
「僕が一振りでできることを、ローズは4打席も必要だ」と言ったことがある。
それだけ評価が低いという証です。
イチローが日米関係を近くし松井が新しいページをめくった
―個人タイトルは持っていないけれどシリーズMVPに輝いた松井選手と、チャンピオンになっていないけれど
―個人タイトルやメジャー記録を持つイチロー選手。選手としてどちらが幸せだと思われますか。
(ホワイティング)どちらも幸せだと思います。ただ、イチロー選手は現状のまま活躍すれば野球殿堂に入る選手です。
その一方で松井選手は多くの野球ファン、ヤンキースファンにヤンキース復権の象徴、
09年ワールド・チャンピオンの立役者としていつまでも記憶に残り、
ワールドシリーズ名場面のDVDにも入るような大仕事をしました。
つまりイチロー選手は記録に残り、松井選手は記憶に残る選手だと思います。
―その違いは大きいですね。
(ホワイティング)バラク・オバマ大統領のキャンペーンを手伝ったロバート・オア(元東大教授)氏が言った言葉があります。
「現在ではアメリカと日本の関係は貿易などの面でほぼ同等になった。そして今、ヤンキースのスーパースターが新しい扉を開いた。アメリカ人がニューヨークの真ん中で、国籍も何も考えず「MVP!MVP!」のコールを叫んだ。この瞬間、明治時代から始まった日米の歴史のどの政治家も成し遂げることができなかった日米間の関係が出来上がったのだ。彼により日米関係は新たな段階に入ったといえる。日米の関係を密接にしたのは、貿易でなく、外交でもなくそれは野球だった。政治指導力よりも人としての力が一番だったのだ」と。
私も松井秀喜が日米関係の新しいページをめくったと思っています。
―それはイチロー選手にはできなかったのでしょうか。
(ホワイティング)それは違います。シスラーの記録を抜いたときに、シスラーの家族が祝福した。あの経験が日米の関係をさらに近くした。日本にアメリカ人監督が増えたのも、たぶんイチローの活躍が影響していると思います。そういう意味ではイチローは十分に貢献しています。
―野茂英雄氏から始まり、イチロー選手が縮め、松井選手が新しいページをめくった。
(ホワイティング)その通りです。野茂氏が来た15年前は大きなギャップがあった。
それが今では日米間はすごく近い関係が出来上がっていますよね。
PROFILE
ロバート・ホワイティング Robert Whiting
1942年、アメリカ・ニュージャージー州生まれ。カリフォルニア大から上智大に編入し、
卒業後、出版社勤務を経てフリー・ジャーナリストに。ユーモアを交えた日本文化比較に定評があり、『菊とバット』『和をもって日本となす』『イチロー革命』などがある。
ベースボール・マガジン社から芝山幹朗氏との対談をまとめた新書『新・イチロー伝説』が好評発売中。
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