2005年11月30日水曜日

美しく歳を重ねたふたりの女性のCM~オノ・ヨーコとオードリー・ヘップバーン~

テレビCMで気になるのがある。
共通点は、ふたつとも、美しく歳を重ねた女性を主役にしているところだ。

ひとつは、フジフイルムのオノ・ヨーコだ。
BGMにはジョン・レノンのイマジンを使っている。
彼女とジョンの昔の写真を次々と映し出しながら、極めてシンプルなコピーだ。

PHOTO IS

PHOTO IS LOVE.(写真は愛)
PHOTO IS YOU.(写真はあなた)
PHOTO IS MESSAGE.(写真はメッセージ)
PHOTO IS MEMORY.(写真は思い出)
PHOTO IS SMILE.(写真は笑顔)
PHOTO IS PEACE.(写真は平和)

PHOTO IS


勿論、曲も良いし、存在感たっぷりの彼女のおかげもあるが、このシンプルさは魅力だ。
フジフイルムといえば、もう何十年にわたって樹木希林を使った面白CMがあるが、
あれはあれでいいが、こっちはぺペロンチーノというか、もりそばというか、
簡素ならではの奥深い味わいがある。

ここにいくと、CMが見られる。

もうひとつは、もしかしたら全国で放送はされてない可能性があるが、
オードリー・ヘップバーンを起用したユーリーグという耳慣れない会社のCMだ。

まずは、テレビではみられないロングヴァージョンのCMを見てください。
(オードリー・ヘップバーン篇をクリック)

どう、悪くないでしょ。
ナレーターは森光子さんだ。

59歳のその人は、
素顔のままで自らのその先の時間を
飢えた子供たちに捧げたのでした。
その子たちは、
その人がかつての世界のヒロインとも知らず、
澄んだ瞳で見つめ返すのでした。
さあ、勇気を出してあなたもご一緒に美しい歳を重ねませんか。


オードリーの姿は、若い頃のスティル写真が1枚あるだけで、他はすべて59歳以降のものだ。

それは、この広告主の商品が50代以上の人間をターゲットにしているから当然なのだが、
皺だらけの彼女を全面に出す‘勇気’は今まであまりお目にかかったことが無い。

その昔オードリーの晩年、スイスの自宅の庭で、ほうきを持って掃除している姿を
写真週刊誌がスクープした。

タイトルは確か‘魔法使いのおばあさん’ってな感じだった筈だ。
確かにその写真の彼女は老いていたし、やせ細っていた。

悪意に満ちた記事を読みながら‘消火器’を持って出版社に乗り込もうかと思ったほどだ(笑)

私はオードリー・ヘップバーンのビッグ・ファンだった。
というか、これだけ広範囲の世代に支持された女優も少ないのでないか。

ローマに行っても‘ローマの休日’巡りをする人は多いだろうが、私も素直に楽しんだ。

頭の中には、やはりあの美しいプリンセスの姿を描いてしまう。

しかし、このCMを見ながら、改めて彼女の美しさを感じてしまった。

59歳になって、ユニセフの活動を‘人生の最終章でもらったボーナス’として熱心に行った
心の美しさのせいなのかも知れない。

美しく歳を重ねる人達は羨ましい。

2005年11月29日火曜日

新たな病気のリスクが発覚~かるくヤヴァイと‘口内炎’、かなりヤヴァイと‘顎下腺癌’~

10月に、肺に黒い影がありCTスキャンを受けて、結果的には‘無実’が証明された。

2~3日前から、舌の左側の付け根の辺りに痛みを感じ、
今朝起きたら更に痛みが酷くなっていたので、どうしようかと思い、
考えあぐねた末、取り敢えず近所のかかりつけの歯科医院に行ってみた。

そこの医師曰く、唾液の出る管が詰まる‘唾石症(だせきしょう)’の可能性があるので、
‘口腔外科’で診察してもらった方がいいと奨められた。
私の場合は慢性の心臓疾患をもっているので、
同じ病院が望ましいとの判断で紹介状を書いてもらった。

一旦帰宅後、先方の大学病院に電話をして今日の診察が可能と言われ、早速出かけた。

普通のX線撮影を行った結果、医師曰く
‘唾石らしいものは無い、唾液も良く出ている、広範囲に口内炎が出来ている’

それを聞き、チョッとホッとしたのも束の間、
‘顎下腺(がっかせん)に腫れがあるので、CTとMRI検査をしてみましょう’

‘なんか不気味なニュアンスだな’

そこで、男性医師はいなくなり、検査日程等を女性医師と調整した。

検査日程が混雑していて、CTで12月中旬、MRIは1月中旬にしかできないと言う。

‘えぇ~~~~~~~~~、そんなぁ、リスクが確定しないのは最悪ですよ’

私に、他に病気が無いのなら、他の病院を当ってみることも可能だが、
何しろ、身障者1級の心疾患を抱えているから、同じ病院で解決する方が何かと楽だ。

色々と質問してみたが、きちんと答えてくれた。

‘かるくヤヴァイ’シナリオは単なる‘口内炎’で、時間の経過とともに治る。
‘かなりヤヴァイ’シナリオは‘顎下腺癌’ということみたいだ。

で、癌だとすると顎下腺を手術で全部摘出する必要があるそうだ。
手術による問題は、顎の下に手術跡が残ることと言われた。

‘あぁそんなの全然、今までの人生でもルックスでは勝負してませんから・・・’

人間は(少なくとも私は)、不安になると普段にも増してジョークを言う癖がある。

口内炎に効く薬は特に無いと言われたが、粘ると、うがい薬の‘イソジン’を処方するとの事。


‘あぁ、お菓子屋さんの奴ね’

‘よく知ってますね’

‘その昔、イソジンがエイズ予防に効くって囃して株が買われたことがあったんですよ’

‘えぇ~、効かないでしょ’

‘風俗嬢が良く使っていることからの連想だったみたい・・・わかります?’

‘何となく・・・(-_-;)‘


どうせ何を食べても美味しく感じないので、昼飯は家に戻って冷凍讃岐うどんにすることにした。

病院から戻ると、きちんと液体ソープで手を洗い、うがいをするのが習慣になっているが、
今日はさっそく、イソジンでうがいをした(してしまった)。

程なく、うどんが・・・(―_―)!!

どうせ味がよくわかんないからいいけど、やっぱり冷静さを失っていたのかも・・・(-_-;)

せっかく松井が帰国したのに面白くも無い病気ネタにしたのは、前回もここで‘小騒ぎ’したら、
結果が良かったことにあやかってのことだ。

う~ん、それにしても検査するまで長いなぁ。
救急車でも呼んじゃおうか(笑)

2005年11月28日月曜日

ジャックが日本にやってきた!~ドラマ『24』のキーファー・サザーランドは‘寿限無’だった~

人を不眠症にさせてしまうドラマ『24』の主人公ジャック・バウアーを演じている
キーファー・サザーランドが先週、初来日していた。

このドラマ『24』については、以前も1度記事を書いている。
ドラマ『24』TWENTY FOURの醍醐味は24話を一気に見ること~シーズン4はお預け~
で、お預けにしていたシーズン4も無事観終えた。

とにかくこのドラマは少しでもネタバレされると、途端に面白みが減じてしまうので、
ここでは感想を含め具体的には何も書かない。

来日して空港に姿を現した彼だが、やはりドラマの中とは随分イメージが違う。
シーズン1の頃より、随分痩せた感じで、顔もシャープに見える。
いつも走り回っている彼が、ゆっくりと歩いているのも違和感がある。

そして、話す時も相手に分かるようにゆっくりと話すが、これまたドラマの中では
超早口なのがデフォだから、不思議な感じだ。

私も、映画を字幕なしで観るほどの英語力はないが、逆に字幕を観ながら英語でどう言ったかを、
考える事はできる。

それでもジャックを含めこのドラマのの登場人物は、早口な役が多い。
それが、またドラマのリアルな時間の流れ、めまぐるしい動き、漂う緊張感を演出する。

最初の頃は、何を言っているのか聞き取りにくかったが、さすがにこれだけ付き合っていると、
彼の英語に慣れてきてある程度聞き取れるようになる。

ヤンキースの試合を観続けていると‘YES’の実況アナのマイケル・ケイの英語が
段々と分かるようになるのと同じだ。

で、ドラマの中では‘ジャック’と極めて短いしポピュラーな役名だから呼びやすいのだが、
本名のキーファーというのはやや馴染みがない。

それどころか、彼の本名は実際フルネームにすると大変な長さになる。

Kiefer (ファースト・ネーム)
Willam (ミドルネーム)
Frederick (祖父の名前)
Dempsey(祖母の旧姓)
George (父のマブダチ)
Rufus (本人も分からない人)
Sutherland(ファミリー・ネーム)


由来は記憶が定かではないが、とにかくフルネームだと、
Kiefer Willam Frederick Dempsey George Rufus Sutherland
となる。

ああた、もし、彼が『24』でこの本名を使ったら、て~へんなことになりまっせ。

落語の『寿限無』の落ちは、喧嘩してコブが出来たのに長い名前を呼んでいるうちに
コブが引っ込んでしまうという‘平和的結末’だけど・・・。

『24』でそんなことしていたら、ジャックが、いやアメリカ国民が
何人死んでしまうことやら・・・(-_-;)

でも‘寿限無’の意味を調べてこれまたビックリ。
寿とは命のことであり、これが限り無しなのだから‘無限の命’という意味だ。

‘つーことで、ジャックは不死身だな!(^^)!’

それにしても、向こうの人があの時期に日本にやってくるとは驚いた。
11月24日は、Thanksgiving Dayだよ。
連中にとっては、家族で過ごす最大のイベントであり、家にいることが最大のプライオリティなのだ。

本人もターキー料理とかパンプキン・パイを作れるとか自慢していたけど・・・何故。

娘がいると聞いていた(24のスタッフに使おうとしたが結局ファイヤー)ので、
てっきりファミリーがいると思っていたが、2度の離婚で今は独身なのね(‘_’)

そうそう、実際見ていないので、何ともいえないが、
TBSの‘アッコにおまかせ’では酷い目にあったらしい。

禁煙も続かず、英会話の勉強も続かなかった典型的‘意志薄弱女’と珍妙な英語で
やりとりをさせられ、タバコに火をつけさせられたらしい。(まあ彼もスモーカーだが)

憤慨したファンからは局へ抗議の電話があったらしい。

って、またTBS批判?
偶然ですよ、偶然。
でも何故かアクセスログに今日もあったなぁ、TBS
もちろん、偶然だと思うけど(笑)

あ~ぁ、まだ『24』を観た事のない人がうらやましぞ。
こっちはまた1年待ちだよ(ノ_∂。)クスン

2005年11月26日土曜日

鮮明で美しいハイビジョン放送に感動~心は早くも来春の松井秀喜のピンストライプ姿に~

昨日の夕方、契約しているケーブルテレビのチューナーをデジタル対応のものに交換した。

今まで3台の契約をしていたが、1台はそもそも去年亡くなった父親用のものだったし、
テレビにD端子が無いので、今回それはキャンセルした。
と言うのは表向きの理由だ。
実際は息子専用のテレビと化している環境を破壊して、
ザッピングをしながら当ても無くテレビを観続ける彼が、少しでも早く2階に上がって
間違って勉強でもしてくれればという、父親の実に‘浅はかな計らい’である。

先ずは、居間のSONYの32型のテレビをやっつける。
デジタルテレビではないが、D3端子がある。

続いて、私の部屋のSANYOの15型だ。
こっちは、値段も安かったせいもあり、どっちも2000年の7-12月生まれなのに、
D1端子しかついてない。

で、チャンネルの設定等が終わり、最初に合わせたチャンネルがNHKのBS-hiだ。

すると、色鮮やかな青紫の座布団が乱舞しているではないか。
最近はが朝青龍が強すぎて、彼が勝っても座布団が飛ぶが、この飛び方は尋常ではない。

‘つーことは、朝青龍が負けたってこと’

すると、インタヴューに現れたのは、なんと今や注目度ナンバーワンの琴欧州ではないか。

‘ふたりがきょう直接対決とは知らなかった・・・(-_-;)’

それにしても、なんと感動的なのだろう。

勿論、琴欧州が勝ったこともあるが、もっと感動的なのは画面の美しさだ。

彼の真っ白い肌の所々が、紅潮している。
その紅潮の仕方の微妙な違いも胸毛もくっきり見える。

肝心の一番だが当然VTRをやると思いきや、時間の都合でやらずじまい。

そして、画面では女子のアルペンスキーが始まった。

へぇ~、なんて綺麗なんだ。

いや、選手の顔じゃなく、映し出される映像だ(-_-;)

白銀の斜面の微妙な凹凸部分がはっきりわかる。
色取り取りの服装の観客達の姿も実にカラフルにクリアーに見える。

ここで、D端子について少し学習してみよう。

・D端子(D1~D5)
 最近の大画面テレビやDVDプレーヤー、ハードディスクレコーダーなどのAV機器に搭載されている端子です。コンポーネント端子を1つにまとめたものと考えるとよいでしょう。

 対応する映像の方式や走査線数によって、D1~D5の5種類があり、数字が大きくなるほど上位の形式に対応しています。このうち、D5に対応する1080pの形式で放送されている番組はまだありません。

 また、下位互換性があり、D4の端子でD1対応の番組を見ることは可能です。

 それぞれ、対応する形式(有効走査線数と方式)を示します(カッコ内は総走査線による表記)。

D1 480i (525i)  地上波アナログ放送
D2 480p (525p)  DVDビデオとBSデジタル放送の標準番組
D3 1080i(1125i)  BSデジタル/地上波デジタル放送のハイビジョン番組
D4 720p (750p)  BSデジタル放送のハイビジョン番組
D5 1080p(1125p)  現在はまだ放送されていない

 たとえば、地上波デジタル放送を高画質で視聴するには、D4またはD3に対応したD端子が必要です。D1のみに対応したD端子でも視聴は可能ですが、画質は従来の地上波並みの標準画質となってしまいます。

 D端子とコンポーネント端子は原理が同じなので、従来のハイビジョンテレビとBSデジタルチューナーの接続などでは、アダプターケーブルを使うことによって、そのまま接続することが可能です。


私の部屋のテレビはD1端子だ。
上記の説明では、画質は地上波並みと書かれているが、見た目には明らかに違う。

居間の方はD3端子だが、作業に来たオニイチャンに言わせれば、
D4との差は殆ど感じないそうだ。
むしろ、速い動きの映像の場合はブラウン管の方が優れているとも言っていた。

と言う訳で、居間のテレビを買い換える必要は当面無し。
そもそも、私は1日1~2時間しか居間にいないし・・・(-_-;)

その点、私の部屋の方はD1だし、昔ほど見ないとはいえ一日中居るし、
買い替えの必要はあるかも・・・。

ただ、来年になると、ブラウン管と液晶のメリットを合わせた新しい方式のテレビも発売されるし、
そもそもパソコンと同じで、後になればなるほど、より高いスペックのものがより安くなるから、
タイミングを考えてしまう。

‘今日買うか、一生買わないかだ’と言う名言もあるが・・・

きっかけがトリノオリンピックと言うのは無難だが平凡すぎるなぁ。

まあ、それでも4月までには買うかも知れない。

松井秀喜のピンストライプをハイスペック・ハイビジョンで拝みたいからだ。

NHKは城島がマリナーズに入団した事で、
より一層マリナーズに‘偏向’した編成にする可能性がある。
まあ、普段は時差の関係でそうそう被らないが、
今年もハイビジョンだけでヤンキース戦をやったことが、何度かあったように記憶している。

BS1とBS-hiの同時放送でも当然来シーズンからは、より高画質を楽しめるhiだ。

そういえば、松井が東芝のCMに出ていたなぁ。
買うとなんか松井グッズとかついてこないかな~、
な~んてCMのキャラクターが動機で電気製品なんか絶対選ばないぞ。
♪たぶん選ばないと思う、選ばないんじゃないかな、まあちょっと覚悟はしている♪(笑)

因みに、ヤンキースが来シーズンの日程を発表した。
初戦は現地4月3日、OAKと敵地で戦い、ピンストライプを着るのは11日のKC戦だ。

2005年11月21日月曜日

スポーツ紙の一面争奪バトルに関するお話~今朝は高橋尚子圧勝だったが~

さすがに高橋尚子は人気がある。
昨夜、記事をアップ後、ブログ検索しても余りのヒット数に途中で諦めてしまった程だ。

マスコミの扱いも昨夜の7時のNHKが一般ニュースの2番目に取り上げていた。
今朝のスポーツ紙も、全紙の一面が高橋尚子だったようだ。(ネット版でしか見てないが)

実は、他にもニュースは盛り沢山だった。

・男子ゴルフでウッズ優勝
・女子ゴルフで宮里藍優勝
・女子フィギュアスケートで浅田真央初優勝
・男子スピードスケート500mで加藤条治が世界新
・ロッテ27万人Vパレード

何れも世が世ならば堂々と一面を飾って不思議の無いものだが、高橋尚子の圧勝だった。

もちろん今回の勝利は単なるマラソンで1位と言うよりは、
2年間苦労した彼女が見事な復活劇を遂げた事で、ニュースヴァリューが増幅された。
と言うか、そもそも彼女のネームヴァリューが高いことで、一面をさらったのだろう。

日本の女子マラソンと言えば、アテネで金を取り、先日のベルリンで日本新を出して優勝した、
野口みずきがいるが人気は明らかに落ちる。

9月にベルリンで優勝した時も、スポーツ紙で一面にしたのは、
弱すぎる巨人に自暴自棄になっていた報知だけで、大半は‘楽天監督に野村氏’だったそうだ。

ただ高橋尚子も、2000年のシドニー五輪で金メダルを獲得していながら、
翌日の一面を飾れなかった。

同じ日(9月24日)に、巨人が9回裏4点のビハインドから江藤の満塁HRで同点にし、
二岡のサヨナラHRでリーグ優勝を決めてしまったからだ。

時間的にみて、マラソンは朝の7時スタートで、
当日のうちにマスコミで散々大騒ぎされて、鮮度が落ちたのがひとつの敗因だろう。

あとは単に巨人ではなく‘長嶋巨人’だったからだと思う。
長嶋ブランドはやはり強力なのだ。

スポーツ紙の一面争奪で記憶に残るのはやはりこれだろう。
1992年10月、日本シリーズで西武がヤクルト相手に日本一に輝くが、一面は
‘貴花田(現貴乃花)と宮沢りえの婚約’に奪われ、裏一面に回された。

まあ、当時の西武は強すぎたし、森監督の野球も面白くないという定評だったから
仕方ないとも言えるが、野球関係者には屈辱的な出来事とされた。
数ヵ月後にはその婚約も解消されるというおまけつきだった。

私が個人的に好きな一面エピソードは、柔道の野村忠宏のこの発言だ。

金を取っても新聞のトップを飾った事が無いです。
いつもヤワラちゃん。
シドニーもアテネも一面は金メダルのヤワラちゃん。
ショックだったのはロスも‘ヤワラちゃんまさかの銀!’がトップ記事で、
自分は3回とも金メダルなのに一度も無し。
自分はオリンピックで勝ったけど、ヤワラちゃんには負けてます。

まあ、このネタでしっかりバラエティ番組でも自分を売り込んだから、
元は取っているんじゃないの。

2005年11月20日日曜日

どん底の‘Q地’から見事な復活を果たした高橋尚子が再び光り輝いた日~東京国際女子マラソン優勝~

むかし、或るマラソンランナーが言っていた。
日本人は沿道で応援する時に殆どの人が『がんばれ』としか言わない。
声援は有り難いが、自分は十分にがんばっているという自負があるから、
時に鬱陶しく感じることがある。

このコメントを聞いたときは、それなりに納得したのだが、きょうの高橋尚子の復活劇を観ていたら、
あのコメントはやはり二流の選手のもの(名前は忘れたが男)だと実感した。

高橋尚子は1998年に悪条件のバンコク・アジア大会で圧勝して以来、一気にブレイクし、
2000年のシドニーオリンピックでは、驚異的な高視聴率の中、見事に金メダルを獲得した。

彼女はアスリートにしては饒舌で、話す内容も素直で受け入れ易く、
師弟関係にあった小出監督とのからみでも人気があった。
その人気や好感度に押されたのか、不人気の森喜朗内閣が勢いで国民栄誉賞まであげてしまう。

しかし、2003年、今日走った同じ大会で、2位に敗れると(日本人1位)、一転する。

まあ、格上だし、なんだかんだいってもアテネ五輪の代表に選ばれると
自他共に思っていたのに反し、代表選考で漏れたのだ。

その後は心身ともに不安定な状態が続き、現役続行すら危ぶまれる状況もあった。

あれだけの人気があり実力もあったのに‘走らない高橋尚子’は、
まるで人が棲んでいない家が荒れていくように、輝きを失った。

あれだけ人々を感動させた彼女の発する言葉も、同様に輝きを失い、
何処かわざとらしく嘘っぽく聞こえてくるし、Qちゃんスマイルもどこか白々しく見える。

今回も直前になって、突然の記者会見で右足を故障しているが強行出場する旨を発表した。
彼女らしい正直な言動も‘負けた時の言い訳’じゃないかと‘下衆の勘繰り’を呼んだ。

そして今日の本番だ。
完走すらできないのではと懸念する声もあった中、強い強い勝ち方を見せた。

3人での並走から、一挙にスパートをかけ、おまけに見る見る内にその差を広げていった時は、
正直‘玉砕的’にも思えたのだが、結局後続に追い上げられることもなく、独走でゴールインした。

2年間のブランクを埋める雪辱の勝利に、インタヴューでも饒舌だった。

2年間走ることができなかったが、多くの皆さんに支えられて
ここに帰ってくることができた。
沿道からの声援も背中を押してくれました。

この6月にチームQを結成してから、
唯一つ、高橋尚子復活とか順位だとかタイムとかって言うよりも、
この2年間本当に皆さんに支えられて、
一度は陸上を辞めようと思った時にも、
本当に暗闇の中でも夢を持つことで、
本当に一日一日を充実した、時間を過ごすことが出来ました。
なので陸上関係なく、今暗闇にいる人や悩んでいる人、
本当に一日だけの目標でも3年後の目標でも
なんでも目標を持つことで、凄く、一歩一歩、一日が充実すると思います。
どうか夢を持って、一日を過ごして欲しいと思います。
そして、小学校中学校の子は勿論なんですけれども、
30代、そして中高年の皆さん方も、24時間という時間は
皆さん本当に平等に与えられたチャンスの時間です。
もう二度と来ないこの一日の時間を精一杯、
そして充実した楽しい日にしてください。
今日は皆さんのおかげで私はとてもいい日になりました。


単なる苦労人の言葉では響かない音も、辛酸を舐めた勝者の言葉は数倍響く。

やはり沿道からの声援は力になるのだ。
特に今日の彼女には大きかっただろう。

実は、私は未明から体調を崩し、超久々に心臓がバクバクして、完全に病人モードだった。
食欲も無く、テレビを観るのもしんどかったが、このマラソンは気になって後半から観た。

彼女のレースっぷりに感激し、ややメソメソしてしまったが、おかげでやや元気を取り戻した。
ブログ更新も病気を理由に数行で流そうと思っていたが、
ちゃんと書こうと思わせる高橋尚子ネタを見つけることができた。

しかし、所属先のファティンという会社から優勝したら1億円の特別ボーナスが出ると言う
契約になっていたことは余り話題になって無い。

もしお金がインセンティヴだったとしても、それはそれで素晴らしい事だ。

2005年11月19日土曜日

あのしし座流星雨の感動からちょうど4年~数多の叶わぬ夢、稀有な叶った夢~


    
流星の雨


流れ星の雨は
まるで田舎暮らしのご褒美みたいで
おまけに暖房のきいた二階の部屋の窓から
今までの人生で見た流れ星の総数を
数分で超越する数の星が
目の前で、不規則に、流れる

一個一個が貴重である筈の
流れ星が
余りにも簡単に
おびただしい数現れる

次に現れる流れ星を期待して
首尾良く願い事をするのも
なんとも造作無いことだ
と言うより、星の数に較べたら
願い事の数なんか
たかがしれていて
次第に追い込められて行く

お金も入れていないのに、
ボタンを押したら
続々と商品がでてくる自動販売機を前に
最初は嬉々としていたのに、
段々と不安になっていく感じ

本当に欲しいもの、本当の願いなんて
案外限られているのかも知れない





2001年11月19日、一生に一度あるかないかと言われる規模の
しし座流星雨を観たときに作った詩だ。

当地の新聞の「詩壇」に投稿したら採用されたのはいいが、
選者の余りにも見当外れな評に閉口し、以後投稿はしていない。

この4年間、数多の夢が叶わずに終ったが、
まあこうして生きていられるだけでも現実的には幸福と感じている。

2005年11月18日金曜日

日本は‘タバコ後進国’の汚名を返上せよ!~禁煙条例で急性心筋梗塞30%減少の‘即効’~

昨夜はほぼ2ヶ月ぶりに、飲み会に出かけた。
私の体調を十分理解しているメンバーは勿論タバコを吸わないし、場所を決める時も考えてくれる。
近年では一般化してきた、個室系の居酒屋だった。
個室系というのは、完全な個室ではなく空間の3面は閉ざされているが、1面は開いている。

それでも、傍の個室には誰もいなかったので、快適に過ごし、
いつもなら2時間余りで失敬するのに話も弾み長居をした。

ところが3時間を過ぎた頃、隣の個室に4人客が登場し、3人が喫煙者、
そのうちの1人がチェーン・スモーカーだった。

無遠慮な煙が一番奥に陣取っていた私を容易に襲った。

程なく、店を出て帰宅したが、帰宅後も気分が優れず、頭も痛かった。

病気になって、間もなく6年になるが、心臓の状態は小康を保っているのに、
タバコの煙への‘耐性’は年々確実に弱っている。

今日の環境は、飲み屋としては比較的良好な方だとも言えるのだが、
それでも数人の‘ニコチン依存症患者’の登場で、あっという間に‘辛いガス室’と化した。

改めてのタバコの煙害について実感していたら、タイミングよくふたつの記事を見つけた。

ひとつは今日の日経新聞の社説だ。

安すぎないか日本のたばこ(11/18)
 
 たばこが健康をむしばむのは、もはや医学の常識。本人はもとより、家族など周りの人が煙を吸ってしまう「二次喫煙」の健康被害も考えるなら、政府は喫煙者を減らす方向へ誘導すべきだろう。

 禁煙誘導の有力な手段は増税による価格の引き上げである。財務省はこれに慎重だが、与党内で、たばこ税増税論が浮上してきた。真剣に検討してほしいものである。

 日本のたばこ税は欧米に比べ低くそのため小売価格は著しく安い。20本入りのたばこ一箱にかかるたばこ税は日本では157円で、標準的な製品の小売価格(マイルドセブン)は270円。これに対し英国はたばこ税が611円で、日本の消費税にあたる付加価値税も17.5%と高いので小売価格は約1000円になる。日本の約4倍だ。ニューヨーク市はたばこ税が370円で価格が735円。ドイツ、フランスも日本より税金、価格とも高い(財務省調べ、今年1月現在)。

 20年前、民営の日本たばこ産業が誕生してから一昨年までに、たばこ税を3回増税したが、いずれも小幅だった。このため、この19年間の消費量の減少は約6%で、なお年に約2900億本が煙になる。

 たばこは肺気腫、肺がん、心筋梗塞(こうそく)などの原因になる。その治療に税金が使われている現実も考えれば、たばこ増税は税収増と医療費抑制の両面から財政収支改善に役立ち、人々の健康に資する。

 仮にたばこ税を英国並みの水準まで増税し、当面は消費量が減らないとすれば国と地方のたばこ税収2兆2000億円弱は8兆8000億円になる。マイルドセブンは約740円となるが英国より200円以上安い。家計への影響が大きいので一気にそこまで増税するのは無理としても、毎年の増税規模全体をみながら、例えば年々数千億円程度ずつ増税するような方針を決めるべきではないか。

 一方、医師会などの一部にある「たばこ税を増税し税収を医療費に充てる」案は、医療費を抑制しにくくなる恐れもあるなど問題が多い。

 財務省は所管のたばこ生産者に配慮しがちだが、それより優先すべきは第一に国民の健康であり、次に国・地方の財政難の緩和である。


内容的には、私が以前書いた
‘大増税、大賛成!あぁ、たばこ税限定だけどね~1箱1000円で一石三鳥~’で書いたものと変わりが無く、新鮮味は無いが、こういう社説が頻出することにより、
実際の議論が活発化し実現に向けて拍車がかかることを希望する。

もうひとつの記事は日経BP MedWaveにあったものだ。


◆喫煙禁止条例の施行後に急性心筋梗塞が30%近く減少--コロラド州 
 
 米コロラド州プエブロ市では、全面的な喫煙禁止条例の施行後に急性心筋梗塞の患者が30%近くも減少したことが分かった。現在、コロラド州では州として喫煙禁止法の立法化を検討しているが、ブエブロ市での成果は大きな影響を与えそうだ。同市のCarl Bartecchi氏らが11月14日のセッション「Prevention: Health Policy and Outcomes Research」で発表した。

 研究グループはまず、ブエブロ市がSmoke-Free Air条例を施行した2003年7月1日の前後3年間の急性心筋梗塞の発生件数を調べた。その結果、2002年1月1日から2004年12月31日の間に、ブエブロ市内の病院に入院した急性心筋梗塞の患者は1112人だった。このうち、市内在住の患者は690人、市外在住の患者は165人だった。

 喫煙禁止条例の施行後の2003年7月1日から2004年12月31日までの期間と、施行前の同じ期間に分けて、市内在住の患者数と市外在住の患者数を比較したところ、市内在住の患者は399人から291人に大幅に減少していた(施行後に対する相対危険度は0.73、95%信頼区間0.63-0.85)。これは施行後に、27.1%も急性心筋梗塞の患者が減ったことになる。

 一方、市外在住の患者は、89人から76人に減少していた(相対危険度は0.86、95%信頼区間0.63-1.16)。だが、市外在住の人が急性心筋梗塞で入院するオッズ比(対市内在住の人)は、1.76(95%信頼区間1.37-2.24、p<0.001)と有意に高かった。

 なお、同様の禁止条例を施行していないエルパソ郡についても同様の期間で調べたところ、984人から955人と、ほとんど減少していなかった(相対危険度は0.97、95%信頼区間0.89-1.06)。

 これらの結果から研究グループは、「公的な喫煙禁止制度は十分な効果を挙げている」と強調、「(喫煙禁止禁条例は)公衆衛生の政策上、重要な意味を持っている」と指摘した。


この記事のキーワードは、私の心臓を今の状態にした急性心筋梗塞、
その危険因子だった喫煙になるが、実は極私的には‘コロラド’もそうだ。

私のプロフィール
☆ほしいもの☆
健康な心臓(期間限定可)
コロラドのアスペンに行ってスキー三昧したい。

アスペンに行ったのは、1990年と1995年、いつも一緒に行っていた友人と
2000年はどうしようか、なんて話していた矢先に急性心筋梗塞を発症したのだ。

アスペンに行くには、先ず西海岸のサンフランシスコかロサンジェルスに行き、
そこからデンバーへ飛び、アスペンには小型機に乗る。

95年にデンバーの空港に到着すると、新空港になっていて全館全面禁煙になっていた。
当時、最も禁煙が進んでいた西海岸でも、空港の建物の外に出れば、吸える場所があり、
日本人が群がっていた。(私もひとりだったが)

デンバーで係りの人間に喫煙場所を訊いて、何処にも無いと言われた時は、
ひとりで憤慨していたものだ。

‘ったく、コロラドは何を考えているんだよ、吸える場所くらい確保しろよな’

いまや立場は‘真逆’で‘煙害’を‘憤慨’する人間になった。

‘ったく、コロラドはあれから10年も経つのにまだ州として禁煙にしてないのかよ’

話を本筋に戻すと、喫煙を禁止にして、こんな短期間にこんなに顕著な即効性が
あるなんて素晴らしいことではないか。

逆に言えば、禁煙化が少し遅れるだけでそれだけ多くの人間が従来通りに、
死のリスクに晒されるということになる。

日本も躊躇なく、禁煙化を加速化し‘タバコ後進国’の汚名を返上するべきだろう。

ところで、自民党が新人議員につきつけられた、会議での禁煙化はどうなったのかね。
こんな簡単なこともできずに‘改革’でもあるまい(笑)

2005年11月17日木曜日

松井秀喜の本音を引き出している日経の朝田氏のグッド・ジョブ~それにひきかえ番記者は・・・~

松井秀喜がヤンキースと再契約を結んだ、公式記者会見があった。
そこでの松井の発言は、いつもの松井らしい誠実さを感じさせるものであった。

ところで、この交渉の過程で、サンスポのようにいかにも売れそうな
危機感を煽るタイトルの記事を乱発したところもあるが、
逆にしっとりとしっかりと松井秀喜を語っているところもあった。

経済紙である日経新聞である。
日経ニューヨークの朝田武蔵という人が書いている。
読んだ方も多いかもしれないし、ブログで取り上げるにはややタイミングを失った感じもあるが、
未読の人には是非読んでもらいたい。

その朝田氏の記事だが、松井とのインタヴューで気になったところがいくつかある。


-シーズン終了からほぼ1ヶ月。一番印象に残っている場面は?
「思い出すのは最後の打席。それしかないですよ。」


これは、まさにそうだろうな。
もし、HRを打てば逆転のチャンスだったし、惜しい当たりではあったが、
一塁へ駆け込んで、アウトを宣告されて時に、ヤンキースの2005年が終った訳だから・・・。
自分が活躍してヒーローになった良いシーンより、こういう悪いシーンの方が、
特に松井の場合は心に残るんだろう。


-敗戦後、ジョー・トーレ監督話した?
「(遠征地からニューヨークに着いて)飛行機を降りた時に一緒になった。
僕はあの試合打てず、チャンスで凡退したから謝った。『I'm sorry 僕の責任だった。』とね」
「そしたら『NO、NO、NO』って言ってました。『お前のような熱いハートを持ってる選手は、なかなかいない。常にチームのことを考えてくれる選手はいない』って言ってくれてた。」


まあ、この辺は二人が築き上げてきた信頼関係を考えれば、驚くべきことではない。
今回の残留でも、トーリは現場の声として松井の必要性を主張しただろうし、
松井も記者会見で言及しているように、トーリが監督として残ったのは、
ヤンキース残留を決心するひとつの大きな要因となった。


-3年目を終えてヤンキースへの思いは。
「ヤンキースっていうのは、やっぱりみんなのものですよね。
僕はヤンキースの選手かもしれないけど、選手はヤンキースというチームに何も期待しちゃ駄目です。
それほど特別な存在です。巨人と比べて?ちょっと違うなあ。もっと特別な存在だと思うなあ。
世の中にいろんなスポーツのクラブチームがあるでしょうけど、ある意味総合的には世界中で一番かもしれない。ヨーロッパに野球はないですけどね。」


読解力の無さと、生来の‘遅読’のせいで未だに半分くらいしか読んでいないが、
先日手に入れた本‘くたばれ!ヤンキース’を読んでいると、
ヤンキースの‘突出した特異性’は、想像を超越している。
その真っ只中にいる松井が‘特別な存在’と感じるのは当然だと思う。


「契約延長?正直まだ決めてない。選手として一番評価しれくれるところでやりたい。
ニューヨークだから、この街にいたいというのはあんまり無い。あと、ある程度は勝ちに近いチームにはいきたいですよね」


この記事が掲載されたのが、11月8日だが、ヤンキースに拘泥しないニュアンスを
思いっきり出している。
この辺が、ひとつの戦術としての‘ブラフ’にも見えてしまったのだが・・・。


-今の夢は。
「そうやっていわれると、これっていう夢はないですよ。毎年、勝ちたいし、もっといい選手になりたいけれど、
それが夢かっていわれるたら、分かんないですよね。ほかの人たちに夢を持って頑張ろうとかいってるかもしれないけれど、自分の夢は何かといわれたら難しい。夢っていうよりも、自分の夢が使命みたいになっちゃってますよね」


この辺の答えが、いつもの松井に較べると‘歯切れの悪さ’を感じる。
子供たちを集めては‘自分の夢を持って頑張りましょう’と言っているのが松井だ。
ただ、私は、この松井の‘歯切れの悪さ’に、逆に本音ベースの人間味を感じてしまう。


-松井秀喜とは。
「松井秀喜でいることによって、自分の感情のままに動けない事は多々あります。しょうがないことですよね。
松井秀喜は公共物?認めざるをえないですよね。窮屈な思いもしなくちゃいけない。
自分にとって、受け入れたくないことっていっぱいあるじゃないですか。でもそれは受け入れなくちゃいけない。
自分自身としてはある程度、なんでも我慢できる」

「本当の松井秀喜っていうのは、自分でも何なのかよくわかっていないですよ。多重人格だと思われるかも
しれないけれど、自分でもいろんな側面の松井秀喜がいると思っている。でもそれによって、いろいろなバランスを取っているんじゃないかと思っている」

「松井秀喜をやめたくなったことはないです。楽しいときは楽しいですよ。僕しか出来ないことは、いっぱいあるわけだから。
ヤンキースのユニホームを着て、ヤンキースタジアムに立てる人間なんて、そんにいないわけだから。最高に幸せな一瞬だし。」

「今幸せか?難しいですね。世界一の環境で野球ができるってことが幸せって感じるんだったら、幸せでしょうね。
それができるんだったら、何でも我慢できるっていう人間だったら、間違いなく幸せでしょうね。
そういう意味では幸せかもしれないですね。


松井らしさを醸しながらも、本音ベースも窺えるのが良い。

‘松井秀喜は公共物?認めざるをえないですよね’はまさに至言だ。

‘本当の松井秀喜っていうのは、自分でも何なのかよくわかっていないですよ’
も正直な本音だろう。

松井番としていつも松井の傍にいながら、真髄に迫るような記事を書けない連中に較べると、
この日経の朝田氏の記事はまさにグッド・ジョブだ。

やはりある程度距離感があったほうが、モノはよく見えるのか・・・

2005年11月16日水曜日

松井秀喜は‘変節’したのか、人間らしくなったのか~ヤンキース残留交渉での印象~

9月はほとんど毎日がヤンキース、松井ネタだったが、2週間以上書いていない。
書こうと思えばいくらでも書くことはできた。

松井がヤンキースと再契約するのか、或いはFAになってどこか他のチームに移籍するのか。
日米ともにマスコミがその交渉の成り行きに関して憶測記事、飛ばし記事を書き続けていた。

‘野球は途中の展開が面白いし魅力だが、今回の交渉事は結論しか興味がない’

そうは言いながらも、一応記事はチェックしていた。

特に、決裂・移籍シナリオを煽っていたのはサンスポだが、
逆にサンスポの記事が現地のメディアのソースに使われたりしていた。

松井の本心が‘ヤンキースがどれだけ自分を真剣に必要としているか’
という純粋なものであっても、
現実的には‘誠意をみせろ’⇒‘金を払え’になる。

嫌な言い方だが、ヤクザな人間が恐喝、脅迫に問われないために
‘誠意をみせろ’と言うのは常套手段だ。

無論、松井はプロの野球選手であり、その価値はお金で評価されるのは承知しているが・・・。

私は、野球をしている時の松井は‘無条件’にサポートする。
活躍している時は勿論だが、逆に不調に泣き、世論の嵐に晒されている時も、
心底応援している。

そうやって、今シーズンは全試合をライヴ視聴した。

但し、今回の契約交渉で見え隠れする松井には少なからず違和感を持っている。

ジャイアンツ時代の松井が、余りにも‘良い子’過ぎて一発サインのイメージがあったせいか、
今回の‘ゴネル子’の松井の印象がしっくりこないのだ。

弁護士に周到に助言を受けた被告・原告のように、
やり過ぎ代理人テレムに‘洗脳’され、すべて細かく指導されているかのような言動だ。

勿論、松井自身が今回のやり方こそ、メジャー流と納得し、
‘新生松井’として主導的に動き‘拘った’のであればなんら問題はないのだが・・・。

私も現役ディーラーの時は、3度の転職でしっかりと‘交渉’したし、
いわゆるパフォーマンス・ボーナスを巡ってもマネージメントとやり合った。

米系で経験したネゴの仕方を、欧州系で発揮するとあっという間に
‘ハード(タフ)・ネゴシエーター’の‘称号’を貰った。

まあ、私は、賃貸マンションのエア・コン壊れてホテル暮らし~クレイマーの真骨頂~にあるように、
基本的にそういう類の人間なのかも知れないが・・・。

いや、そういう私だからこそ、逆に松井にはそうなって欲しくないんだよね(-_-;)

彼の野球のプレイスタイルのように,常に真摯で愚直な感じが魅力なんだが・・・。

契約成立後に
‘ヤンキースでのプレイを望んでいたし、ユニフォームを脱ぐのもヤンキースで’
と言われてもなぁ。

愛しているなら妙な駆け引きは不要だろ。

‘愛する相手の愛を試すようなことは粋ではない’

って、私があまりにも勝手に松井を神聖化しすぎかも・・・。

松井自身もゴネルし嫉妬もする普通の人間に少しだけなったのか。

過去3年間、年俸7Mドルが安すぎたと言えば安すぎたが、
これからは13Mドルのヴァリューを発揮しなければならない。

個人的には、松井が引き続きピンストライプのユニフォームを着るのは嬉しいし、
新年俸に相応しい活躍を信じている。

2005年11月15日火曜日

NTT局のデモマシーンでも10MしかでないハイパーファミリーBフレッツ~hyperのもうひとつの意味~

平日の日中にかかってくる電話は基本的には、主婦や老人を対象にしたものが多い。
マーケティングとしても、私はターゲットではない。

だから、妻が不在の時しか電話に出ないが、先週取った電話はNTTからのものだった。
ハイパーファミリーBフレッツと光でんわの売込みだった。

これは久々に興味のある内容だったので切らずに話を聞いた。

私の通信環境はCATVだ。
上りはそもそも最大でも2Mbpsだが下りは20Mbps前後をキープしている。

去年、親父が死んで、親父名義の固定電話の始末をつけるためにNTTを訪ねた時に、
Bフレをデモのマシーンで試したところ、下りで10Mbpsぐらいしか出ていなかった。

それは、ハイパーになる前の普通のBフレッツ・ニューファミリーの時だった。

ハイパーが導入されたのは、ちょうど1年前で、個々の最大は100Mbpsと変わらないが、
共有するアクセスラインが100Mbps⇒1Gbpsと10倍になったのだから期待してしまう。

実際、コールセンターの彼女のPCでは70Mbpsくらいの速度が出ると言われ、
‘わかりました、デモを試しに行ってみます’と答えた。

そして、今日の昼、当地で最もマトモなダブルスープのラーメンを出す店を訪ねたついでに、
NTTに寄ってみた。

デモのコーナーにPCは5台、1年前は確か色々なメーカーのマシーンがあったような気がするが、
今回はすべて同じモデルのソーテック(SOTEC)だった。

まあ、激安パソコンのイメージだが、それでもむしろスペックは1年前よりは良いだろう。

で、いつも使っているサイトで測ってみたら下りで9.4(ナンジャコリャ)

他の測定サイトを4つ試したが、最大でも13足らずだった。
隣のマシーンで測っても9.8と差が無い。

スタッフの女性に
‘これって、ハイパーですよね’

‘はい、そうです’
と、なんとも屈託のない笑顔(^_^.)

そんなにニッコリされると、こっちがやりにくいんだけど・・・(-_-;)

その女性は、スピードが出ないのはルーターのせいとか言い訳している。

‘折角電話セールスを貰って、体感しようとやってきたのに
一年前の、ニューファミリーの時と変わらない低速だし・・・。
車で言えばここはショウ・ルームでしょ、このパソコンは試乗車みたいなもんでしょう。

スーパーの生鮮食品だって、照明を工夫したり、霧吹きを使ったりして
美味そうに見せようと努力しているじゃないですか。

あなたが子供の頃、ロウ細工で出来てるエビフライの見本を見て、
いざ頼むと見本より全然小さなエビが出てきたでしょう。

例えばここで測れば70~80Mの速度が出て、実際開通させると家では
40Mくらいしか出ない、そういういい意味での‘狡さ’があってもいいんじゃないの。

ともかく、ここでは最高の状態を見せるようにしなきゃ・・・

ハイパーはいちおう平均でも32Mでしょ。
デモでそれ以下の10Mしか出ないってのいうのは話にならんでしょう。

もしルーターに問題があるってわかっているのなら、ルーターを交換するとか、
1台は直結するとか、いくらでも改善できると思うんだけど・・・。

超高速通信とか謳いながら・・・ε=( ̄。 ̄;)ウダウダ’

言いたい事の100分の1も言ってなかったが(-_-;)
妻が‘また始まったよ’と言う(‘_’)をしていたので止めた。

止めて正解だった。

彼女は
‘お客様の貴重なご意見として、上の者に伝えておきます’

私が、もし30分しゃべっても、どうせこの一言でかわされていたに違いない。

昔の私なら、
‘じゃあ、上席と直接話をさせてください’とか
‘あなたがどう上司に伝えるか、ここでやってみてください’
とさらに責めているところだが、何しろ病気もして年もとって丸くなったから・・・(ドコガ)

でも、マジな話これは余りにもお粗末でしょう。
ITの世界の良いのは、波及するのが速いことだ。
6年前、電話回線で56kbsで始めて、いつの日か常時接続を夢見ていたら、
その後、あっという間に常時接続が常識化し、さらに高速化した。

サーヴィスの提供も当地のように県庁所在地であれば、都市部にそれほど遅れを取らない。

それなのに人的資源が伴っていないと、今回のような事態を招く。

ハイパー(hyper)の意味は、[ギリシャ語hyper-(超えた)]からきた「超越して」「過度の」だが、
名詞としては宣伝係;誇大宣伝屋の意味があり、今回はまさにピッタリになってしまった(笑)

2005年11月14日月曜日

本名は小野二郎、店名は‘すきや橋次郎’~そんなジローに魅せられて~

昨日の記事で、道場六三郎が『現代の名工』に選ばれたことを書いたが、
なんのことはない、同時に小野二郎氏も受賞していた。

日本料理人 おの じろう
小野 二郎
(八十歳) (有)すきや橋次郎  江戸時代以来のにぎり鮨の伝統を踏まえながらも、常に新しい工夫を怠らず、さらに美味しい鮨を目指し、江戸前のにぎり鮨の型と魂を継承している。氏の店は一九九四年一〇月「ヘラルド・トリビューン・インターナショナル」誌の世界のレストランベスト六位に選ばれるなど、内外より高い評価を得ている。


寿司屋の方が、職人と呼ばれる分‘名工’という表現との違和感は少ない。

実は、この‘すきや橋次郎’はナリポンにとって思い出深い店だ。
とは言っても、行ったのはたったの一度だけだが・・・。

我々家族が、穢土を離れ当地に移住したのは2001年8月だが、
たった一度の‘次郎’を味わったのは7月の下旬だった。

穢土を離れる前に、是非行っておきたい店、
と言っても私も病人だから出かける機会は限られていた。

そこで厳選した数店の中のひとつが‘すきや橋次郎’だった。

私が食べ物に興味を持つようになったひとつのきっかけは、
山本益博の‘東京味のグランプリ’だ。

当時のグルメ本は当たり障りのない表現が多く、マスヒロのゲリラ的で先鋭的な
評論には胸を躍らせたものだ。
その後は、彼自身がメジャーになりすぎて、当初の面白みは無くなってしまったが・・・。

一時期は、彼の書いたポケット・グルメ本を常にセカンドバッグに入れていて、
夜な夜な行動するバイブルとしたものである。

そんなマスヒロ信奉者だったから、彼が信奉する‘次郎’は
当然真っ先に訪れていて不思議がないのだが、何故か未体験だった。

ディーラー仲間で、年下だが、私のグルメの指南役だったK君と話していて、
彼と最後のメシは‘次郎’にしようということになった。

K君は、まあ常連の部類で、確実に‘小野二郎’に握って貰うためにお店と交渉してくれた。

昼の営業の開始直後なら大丈夫と言われ、平日の昼、妻を伴って出かけた。

大手町界隈の古いビルと同じような、かなりシャビーなビルの地下1階に店はあった。

カウンターに3人で座り、名人・小野二郎がつけ場に登場。
おまかせで出てきたのは

ひらめ
あじ
赤貝
とり貝
しまあじ
あおりいか
かつお
車えび
まぐろ(赤身)
まぐろ(中トロ)
まぐろ(大トロ)
こはだ
蒸しアワビ
ミル貝
穴子
ウニ
イクラ
卵焼
コバシラ


追加で、我々は中トロ、K君はかんぴょう巻きを注文(お裾分けしてもらった)、飲み物はビール2本。

一番感激したのは、大きな車えびで、えびの真髄は加熱物にありと思わせた。
次は追加で注文したまぐろ(中トロ)だった。

じっくり味わいたいと思うこっちの気持ちとは裏腹に、主人の握るペースはやや速すぎた。

何回か話を振ってみたが、最低限の返答しかしてもらえず、ノリの悪さに私の方が途中で諦めた。

‘まあ、初陣の私じゃ無理かな’

K君の話だと、常連客にはそれなりに愛想は良いらしい。
ミスター円とかは常連らしい。

それでも、寿司そのものは素直に美味いと思ったし、穢土で味わう最後の寿司屋が‘次郎’で、
しかも小野二郎に握ってもらったことには感慨深いものがあった。

常連に言わせれば、オヤジが握ったのと息子が握ったのでは全然違うと言う。

会計はちょうど6万、ひとり2万だった。
息子が同じネタを握っても同じ値段なのだろうか。

当地で一番お気に入りの寿司屋でも、つまみなし、酒なしの握りだけで、
調子に乗ると12~15千円はするから、次郎の2万は決して高くはない。

食べ終えた後、私の東京での、或いはもっと大袈裟に言えば‘人生でのメイン・バー’だった、
オールド・インペリアル・バーまで歩いた。

いつも通りに、タンカレー・マティーニ・ロックを頼んだ。
何回通ったか概数でもよくわからないが、妻を連れて行ったのは初めてだったかもしれない。

今は六本木ヒルズにも出店し、次男が主人を務めているらしい。
いかがわしい‘蛭ズ族’の連中が‘ウニの軍艦1ダース’とか頼んでいたりして・・・(笑)

2005年11月13日日曜日

永田基男(千花)>>>野崎洋光(分とく山)>>>道場六三郎(ろくさん亭)~名料理人って‘名工’なの?~

厚生労働省が表彰する『現代の名工』で、料理人の道場六三郎氏が選出された。

料理人は職人ではあっても、名工という表現にはチョッと違和感を覚えるが・・・。

実はナリポンは彼と一度会ったことがある。
シンガポール在住時代、贔屓にしていた寿司屋の主人が現地の弟子を修行させるために
「銀座ろくさん亭」に送り込んできたのだ。

その弟子は中国人だったが、ボートで本国を脱出、途中から泳いで香港に
辿り着いたという根性の持ち主だ。

実際シンガポールの店でも、努力家で他の日本人の若造より余程気の利いた動きをしていた。

その彼が日本に来て、私に連絡してきたのだ。
早速店を訪ねたが、その時、道場氏にも会い、恰も親代わりのような気分で挨拶をした。

修行を終える前に、もう一度訪ねたが、彼に会う目的以外ではあの店を訪ねた事は無い。

店内の空間も料理そのものも、再訪したいと思わせるものではなかった。

それから数年して、テレビの‘料理の鉄人’に道場氏が活躍するようになると豹変する。

‘あっ、俺会った事あるし、あの店にも行った事ある、実はシンガポールから・・・’
としきりに吹聴していた。

まあ、人間なんてそんなものだし、私もその程度だった。

実際、道場氏は材料を目の前にしての即興的な料理の才能があったのかもしれない。
鉄人で裏付けられた事で、あの店を修行先として選んだ寿司屋の主人に改めて感心した。

鉄人ブームの中、赤坂に「ブラッセリー六三郎」をオープンさせた。
会社から10分程度の徒歩圏内だったが、予約が取り辛く、そこまで苦労して行きたいとも思わず、
前を通ると女性だらけだったのにも気後れし結局食べずじまい。
(その後店名は「ポワソン六三郎」に変更)

予約が取り辛いのに必死になって行った店は、野崎洋光氏の「分とく山」(わけとくやま)だ。
一応本家にあたる「とく山」時代は冬場のフグ目当てに4回行ったことがある。
4回のうち、2回山城新伍が美女と一緒にいたのは見かけたが、
野崎氏はまだ顔が売れてなかったせいもあって存在は特に覚えていない。

「分とく山」に行ったのは、移転前のキャパの少ない方だから、本当に予約が取りにくかった。

料理の印象は、懐石料理らしい控えめな味付け、出汁の加減は絶妙、
ご飯類が美味いって感じだった。

食べ終えて、店を出ると、野崎氏の‘お見送りの儀式’がある。(今もやってのかな?)

‘あれで、結構参っちゃう’

野崎氏は長嶋茂雄とも親交があり、長嶋氏の強い要請でアテネでは
長嶋のいないナガシマ・ジャパンの食事の担当もした。

道場氏がギョロギョロのギラギライメージなのに比べ、野崎氏はぼよよ~んとしているが
中々の商売人である。

永田基男氏は京都の割烹料理店「千花」の大主人である。
私が訪ねた時は、彼がまだ現役で料理を作っていたし、建物も古いものだった。

それっきり一度だけだが、その印象は衝撃的だった。

旅先での多少の興奮があったのか。
祇園のあの小路を入っていく風情が良かったのか。

盃のような入れ物にいれた酒肴にふさわしい料理の数々。
じゃがいもの酢の物とか、それまで味わった事のない工夫。
確か20数品の料理が出てきたが、ハーフタイムに出てきた‘いなり寿司’の絶妙のタイミング。

デザートはフルーツのジュース、そこで白衣姿の主人が登場する。

‘なんか、こっちの胃袋の状態をすべて知り尽くされているような感じだった’

見送られて、ふたたび小路を歩いて大通りに出る。
何か別世界の味わいだった。

現在の「千花」は長男が引き継ぎ、次男は「千ひろ」という店を経営しているとのこと。

しかし、これだけの乏しい経験なのに、おまけに素人の私が勝手に‘不等号の向き’を決めて、
なおかつそれを堂々と情報として発信している。

なんとも物騒といえば物騒な話だが、杉村太蔵の一挙手一投足を伝えようと腐心し、
まるでそれが重要だと確信しているらしい大マスコミの情報よりはマシだと自負している。

2005年11月12日土曜日

つねに正しい時を刻み、ずっと休まず動き続ける電波式・ソーラー腕時計の味気なさ~忠誠心のないやつだ~

病気で現役を退いた後は、いわゆるスーツを着る必要が無くなった。
スーツを着るときに使っていたお気に入りの腕時計があった。
ある人からプレゼントされた、キクチタケオのデザインのやつだ。

10年近く使っていたが、最初の内は2年に1回ペースでやっていた電池交換だが、
次第に‘老衰’したせいか、或いはそれをくれた人と会う機会が無くなっていったせいか、
電池交換のインターバルが短くなっていた。

おまけに、この電池交換は街の便利屋さんでは無理と言われ、
ちゃんとした時計屋に行く必要があった。

スーツを着なくなって、その時計をしなくなって、ある日見たら、死んでいた。

‘道具って、使わないと死ぬよな’

カジュアルで使っていた時計は、スキーヤー仕様の物だった。
マリーンスポーツが大の苦手で潔癖症のナリポンは、
どうしてもダイバーズ・ウォッチをする気にならなかった。

‘水深200Mまで大丈夫って言われてもなぁ、きっと普通に死んでるし~(-_-;)’

で、ある日偶然見つけた、スキーヤー仕様の時計・・・、即購入した。

何処が、スキーヤー仕様かと言えば、先ず着込んだ上からでもはめられるようにベルトが長い。

それになんと氷点下30℃でも大丈夫としてある。

‘はめている私が氷点下30℃でどれだけ生きていられるかは別問題だが・・・(-_-;)’

そういう意味ではマグロの冷凍庫の管理人はどうしているのだろうか。
あそこはマイナス50℃の世界だ。

ところで、今年の春ある人から貰ったカタログで選べるギフト(たぶん2万円)で、
腕時計を手に入れた。

これが、いわゆる電波時計ってやつでいつも正確な時刻を示す。
おまけに、太陽電池で充電するタフソーラーとかいう仕組みで、電池の交換が要らない。

その昔、クォーツ腕時計が初めて発売された時の値段は45万で、大衆車1台より高かったそうだ。

電波時計も最初は10万以上したが、いまは数千円で買えるものもある。

正確であることを競ってきた歴史があるわけだが、電波時計のように、
常に正確な時を刻むのもある意味味気ない。

待ち合わせに遅れても、時計に責任を転嫁することもできないし、
予め5分程度故意に進めておいて、少しだけ余裕のある行動をしようなんて考えも通用しない。

正確なだけでなく、光がある限り動き続けるのも便利だがある意味可愛げがない。

‘ご主人様が逝った後もぬけぬけと生き延びるなんて、
なんて忠誠心のないやつなんだ’

悲しみの余り、発狂してとんでもない時刻を示すとか、
ご主人様の臨終を告げる医者の声にあわせて、その臨終の瞬間でチクタクを止めるとか、
何か人間味に溢れ、面白みのある時計はないものか。

次の主人を探した所で、こんなもんは形見としての価値も無いから、
一生虚しく、誰の腕の温かさも知らず、無意味に正確な時刻を刻み続けるだけだ。

2005年11月11日金曜日

『今日も‘病気’だ、たばこがうまい』病人は病院へ行くべし~禁煙治療に医療保険適用へ~

先日循環器学会などが、たばこを吸うのは‘ニコチン依存症と関連疾患からなる喫煙病’と、
喫煙行為そのものが‘病気’だと断じたばかりだが、その病気の治療が保険の適用になる。


禁煙治療に保険適用へ、医療費削減狙う 厚労省方針

 
厚生労働省は8日、医師による禁煙指導を「治療」と位置づけ、公的医療保険の
給付対象とする方針を固めた。禁煙指導の促進により、喫煙率は今後15年間で
最大、男性26%(03年は47%)、女性9%(同11%)程度まで下がると同省研究
班は試算。肺がんをはじめ、心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳卒中などの生活習
慣病を引き起こすとされる喫煙を減らすことで、15年後の医療費は少なくとも
約1846億円抑制できるとみている。

 禁煙はこれまで個人の意志や努力の問題とみられてきたが、「ニコチン依存症」
という病気に対する治療ととらえて、積極的な対策に乗り出す。

 9日の中央社会保険医療協議会(中医協)で提案する。保険を適用する治療内容
を検討し、06年4月の実施をめざす。

 対象は、禁煙治療プログラムを受けたいと希望する人で、ニコチン依存度テストで
「依存症」と判定された人。同省のモデルでは、2または4週間に1回通院してカウン
セリングを受けるほか、肌にはったパッチからニコチンを吸収する置換療法を受ける。
約3カ月で初診も含め計5回ほどの通院を想定している。

 これまでも、一部の病院が独自に「禁煙外来」を設けていたが、保険の対象では
ないために全額が患者負担で、1カ月あたり3万~4万円かかっていた。保険の対象
になれば、3割の窓口負担(70歳以上は1~2割負担)で済むようになる。

 次期医療制度改革で厚労省は、生活習慣病対策で中長期的に医療費の伸びを
抑制する方針を打ち出しており、禁煙治療の促進はこの一環。導入によって医療費
は当初は増えるものの、生活習慣病や肺がんが減ることに伴う減少で、8年目から
減少に転じると研究班では試算している。

 欧米ではすでに、ニコチン依存症を「繰り返し治療することで完治しうる慢性疾患」
ととらえる動きが広がっている。英国では99年から禁煙治療を保険の対象として
いるほか、米国でも民間保険会社の8割超が禁煙のための薬剤費などを保険給付
の対象にしているという。日本では、日本循環器学会など9学会が保険適用を要望
していた。


非喫煙者からみると‘ふざけんな’と感じる人も多いだろう。
それでなくても、日頃から受動喫煙の被害を受けている人間が、
なんで喫煙者の医療費負担増まで面倒みなくちゃいけないんだ、
‘自分のケツは自分で拭けよ’

そういう話になると、私のような‘前科者’の立場はない。
1日、2~3箱を吸う超のつくヘビースモーカーで周りに有害な副流煙をばら撒き続け、
挙句の果て、2000年に自分は急性心筋梗塞に襲われて、いまや身体障害者だ。

救急車で運ばれて、集中治療を受けた9日間での医療費が約250万、同じ年、
検査を含め都合5回のカテーテル施術を受けるが、それらを合計すると医療費は500万を超える。

それ以降は、通院と投薬が基本なので年間100万といった感じだろうか。

という訳で、健康な人からみれば、私は明らかな‘お荷物’だ。

27年間の喫煙習慣が心筋梗塞を引き起こしたかどうか実証は出来ないが、
早い段階で禁煙していれば防げた可能性は高いと思う。

そう考えると、禁煙治療サポートによって一旦は増える医療費が
将来的にはそれ以上の医療費の減少につながるとする仮定は当っていると思う。

それでも、気が収まらない非喫煙者を満足させるためにも、やはりタバコの大幅な値上げとか、
屋内施設での全面禁煙化とかの規制強化が必要だろう。

そうやって、値上げや規制である種追い込みながら、一方で禁煙をサポートする。

‘病人’と名実共に認定されたのだから、
‘愛煙家’とかと言う美名はもはや通用しない。

‘嗜好品’という言い方も通用しない。
病気を誘発し死に至らしめる‘死向品’だ。

今までは散々加害者扱いされて素直になれなかったかもしれないが、今度は病人扱いだ。
自分が病気だとわかっているのにそれを治そうとしない人はいないはずだ。
喫煙行為が病気だと認めたくないのはわからない訳ではないが、
もはやこうして医療制度の上でも、普通の病気として認定されようとしている。

おまけに、この病気の悪い所は、周囲の人間をも病気にする極めて悪質なものだということだ。

本来なら病人は隔離されなければいけない病気なのだ。

頑な喫煙者の人々も、そろそろ時代の潮流にもっと従順になっていい頃じゃないだろうか。

‘俺は死んでもやめねぇ’という重病人は、そのうち‘難病’認定されるぞ。

それにしても医学学会が‘喫煙は病気’だと騒いでから、
こんな短期間に厚生労働省が動くとは予想できなかった。

まさか、新しい‘食い扶持’を探した医師会の働きかけの成果とかじゃないだろうな。

2005年11月10日木曜日

免許の更新で思わぬ事実が発覚~が~~~ん、‘視力’を尽くしても見えない~

免許証の更新手続きに出かけた。

前にも書いたが、いまや車の運転は一切しない私にとっては‘身分証明書’としての価値しかない。

ところが今日の更新手続きには、想定外のもうひとつの価値があった。

現役時代は、毎年会社で指定された病院で定期健康診断を行っていた。
それが、心筋梗塞後は、あれだけ頻繁に通院しているのに・・・‘盲点’だった。

それは視力検査だ。

前回、穢土で免許を書き換えた時以来、まさに5年ぶりだった。

うちのガキが小さい頃から、妻は
‘視力だけはパパに似てね’
と言っていた。

そうなのだ、学生時代はあんなに勉強して(ン!)、ディーラー生活では毎日幾つものモニターを
凝視する人生だったのに視力だけは本当に優れていた。
片目でも、勿論両目だと1.2~1.5のレンジにいた。

とととと、とおおおおころが、今日の視力検査、最初は左目だったのだが、
例の輪のどこが開いているかを言う奴だが、見えないのだ。
輪である筈なのにまるで八角形のように見えて、どこも開いていないように見える。

そんな体験今までしたこと無いから焦った。
得意科目の一問目、解けて当たり前の問題が解けない感じだ。

それでも、やや勘で答えたが、相手の反応から言えば、正解率5割といった感じか。

その後、右目、両目をやったが、こっちは本来の実力を発揮し、まったく問題なしだった。

結果パスしたが、普通免許の場合、片目で0.3、両目で0.7が要求されるという。
検査していたオバちゃんに訊くと、やはり左目では間違いもあったとのこと。

つーことは‘視力を尽くして’0.3も見えなかったということになる。

平日の昼の強みで、小一時間で無事‘身分証明書’を手にしたが、問題は急落した視力だ。

裸眼だと0.1もない人生を送ってきた妻には、何を大騒ぎしているという感じだったが、
逆に1.0以下になったことのない人生を送ってきた私には急に別世界と言った感じだった。

単なる視力の低下だけだったら問題ないが、緑内障とか何か病気に起因したものだったら、
よくないでしょう(-_-;)

‘保険証不携帯’だったので、一旦家に戻って即、眼科へ直行した。
眼科なんて、モノモライかなんかで行って以来、ン十年ぶりだろう。

妻が何度か通っている病院に行ったが、が~~~~~~~~ん、休みだ。
これがホントの‘が~~~んか’(ナンチャッテ)

どっか近所に、他があるかなぁ~と思っても、普段から眼科なんて文字通り眼中にないから、
結局チョッと離れたところへ行った。

随分大きな造りなのに‘先客ゼロ’
う~ん、ラーメン屋だったらそれだけでパスしたくなる感じだ。

おかげで待ち時間ゼロ。

空気がシュっとあたる奴とか検査をした後、いよいよ視力検査だ。

先ずは問題の左目からだったが、やはりよく見えない。
同じように○が八角形みたいに見える。

続いて、右目。
見える、見える、そうそう、この感じだ、これこそ視力優等生だ(^o^)/

その後、左目用に2種類のレンズを試してみると、見える、見える。

続いて、医者の診断。
左目裸眼で0.6、右目裸眼で1.5、左矯正で1.2だそうだ。

特に病気の可能性は無いので、生活をするうえで必要なら左目用の眼鏡を作ればいいけど、
特に困っていないなら何もしなくてもいいのではないか、との事。

結局、私ひとりが何か過剰反応してしまった感じだった。

それにしても、今日のあの医者のタバコ臭さは最悪だった。
30センチぐらいに顔を近づけられビ・ザ・ビ状態になったが、くさ~~い、クサ~~イ。
眼科学会は喫煙者を容認なのか。

喫煙は病気だぞ!

2005年11月9日水曜日

老夫婦が焼却炉で心中~壮絶にして完璧な自己完結の人生~

今日の記事も病気や死に関係する。

[焼却炉内に2遺体]1人は80歳男性 自殺の可能性

福井県大野市七板の旧火葬場の焼却炉内で7日、白骨化した2人の焼死体が見つかった。県警大野署の調べで、歯の治療痕などから1人は近くに住む無職の男性(80)と断定。もう1人は行方不明になっている男性の妻(82)とみて身元の確認を急いでいるが、同署は状況から自殺とみている。

 調べでは、7日午後2時ごろ、近所の人が、火葬場横に、エンジンがかかったままでクラシック音楽が流れている無人の乗用車が止まっているのを不審に思い同署に通報。駆けつけた署員が焼死体を発見した。

 車は男性の所有で、車内にあったガソリンスタンドの給油伝票7枚の裏面には、親族への思いのほか、「午後8時ごろ、妻とともに家を出る。火葬場で1時間待つ。炭、たきぎの準備をする」などと書かれていた。また、男性の自宅からは日記帳も見つかり、11月7日の欄には「午前0時40分ごろ点火する」などの記述があった。

 さらに8日になって、男性から同市役所に郵送の手紙が届き、中には「遺産はすべて市に寄付します」などと書かれていたという。同署はこれらの状況から、7日ごろ、自ら火をつけて自殺を図った可能性が高いとみている。

 近所の人によると、男性は妻と2人暮らし。子どもはおらず、妻が数年前から糖尿病を患い足が不自由だが、男性が一人で介護を続けていた。旧火葬場は平屋のブロック造り。地区の共同墓地近くにあり、30年ほど前まで地区住民が使っていたが、現在は使われていないという。


色々な捉え方が出来る出来事だ。

自殺そのものの是非を語る人もいるだろう。
こういう老人が、こういう選択しかできなかった福祉、政治に問題があるとする人も居るだろう。
益々深刻化する‘老老介護’の限界を示す好事例だとすることも出来るかもしれない。

恐らく、冷静な分析としては子供もいない老夫婦が‘老老介護’の結果
共倒れになり死を選択した、で‘正解’かも知れない。

私にも、勿論‘正解’は解らない。
まあ、ずるい話だが、社会問題としても政治問題としても語らず、或いは道徳問題にもせず、
ひたすら、この二人が実際に死に至る情景だけを思い浮かべてみる。

周到に計画され、その計画通りに躊躇も無く実行されている。

燃料になる炭や薪を準備する。
準備を終えて、実際に点火するまで、ふたりはどんな会話をしたのだろうか。
内側からは閉められない焼却炉の扉を閉めるために縄を用意していたらしい。
点火は二人が載った、金属の隙間から容易にできたらしい。

熱さは病苦より苦しくなかったのだろうか。

具体的にどの曲かはわからないが、自分達へのレクイエムを流す演出も怠り無い。
しかし、生きたまま焼かれるふたりの魂を落ち着かせ、鎮めるのに十分だったかはわからない。

専門家が何故白骨化したか疑問だとしているが、とにかく二人は真っ白になった。

そして、その翌日、遺産は市に寄付する旨の手紙が届く。

私は、この男の壮絶にして完璧な自己完結の人生に、ある種のシンパシーを覚える。

勿論この実行が、男の独断的な美学ではなく、妻も納得していたという前提だが・・・。

もう、何年前の話か忘れたし、細かい事は記憶に無いが、
夫が既に死んでいるのにアルツハイマーの妻が何日間も食事を与えていたという事件があった。
発見された時にも、温かな食事が置かれていたという。

私の両親は‘幸い’4年前と1年前に他界している。
母に先立たれた父は、我が家が下野して面倒をみた。

我々夫婦の場合はどうか。
もう既に病気の私だが、もし‘億が一’80過ぎまで生き延びて、
同じような状況になったら妻はこう言うに違いない。

‘死んでも嫌よ、あんたとなんか・・・’

そうなのだ、先ずありえないことを考える前に、熟年離婚のことでも考えるべきだ(笑)

2005年11月8日火曜日

ふと思い出した映画‘スウィート・ノベンバー’~本田美奈子とシャーリーズ・セロンを重ねた?~

昨日、自分でも取り上げるとは思っていなかった本田美奈子だが、
今日になっても‘つばさ’や‘いのちをあげよう’を繰り返し、繰り返し聴いていた。

テレビでも、引き続き関連ニュースをやっている。
想像以上の波紋を呼び、遺作も品切れ状態になっているらしい。

そんな気分の中、ふと思い出したのが‘スウィート・ノベンバー’という映画だ。

あらすじはこんな感じだ。

サンフランシスコの一流広告会社に勤める仕事人間のネルソン(キアヌ・リーヴス)は、ある日、自動車免許の更新場で出会った風変わりな女性サラ(シャーリーズ・セロン)から、この11月の間、1ヵ月だけの恋人になることを唐突に提案される。彼女の強引な態度、加え一緒に住むこと、仕事を一切してはいけないことという一方的な条件に困惑するネルソンだが、まもなく承諾。そして彼は次第に彼女に惹かれ、恋におちていく。やがてプロポーズ。だがサラは、実は末期ガンであった。それを知ったネルソンは看病を申し出るが、サラは彼への愛ゆえに拒否。マフラーだけを残し、そのまま彼の前から姿を消してしまうのであった。


なにしろ、マトリックスの面白さをまったく理解できなかったナリポンには、
ベタな内容のこの映画はある種の安堵感を与えてくれた。

私が健康でスキーをやっていた頃、どうしてもコブコブの急斜面は克服できず
それがどうしても歯痒く、不満だった。
ただある時期を境に、チャレンジするのを止めた。
おかげで、スキーを100%楽しめるようになった。

映画も、なにしろ昔は映画研究会に所属していたくらいだから、
難解な映画を好んで観ようとしていた時期もあった。

今は、スキーと同様に無理をしなくなった。

そんな訳で、マトリックスを理解できなかった時も、執拗に追及することなくあっさりと諦めていた。

そうは言っても、本心はややめげていた部分もあったが・・・。

そして、次に観たキアヌ・リーヴスがこの‘スウィート・ノベンバー’だったと思う。

エンヤの歌をつかった音楽もいいし、風景というか色合いのきれいな映画だと思う。

そしてこの映画の最大の魅力は、ヒロインを演じたシャーリーズ・セロンだ。
笑顔を含めた豊かな顔の表情が素敵だし、その顔が死期が近付いてきて次第にやつれていく。

スレンダーな身体には、どんなさり気ないファッションもよく映える。

そう、スレンダーな身体と言えば、亡くなった本田美奈子もそうだった。
美しい長い腕をしていた。

一般人によるリヴューサイトでは、この映画の評価はメタ糞だ。

どうやら、マトリックスを簡単に理解できる‘映画上級者’には、
物足りない駄作という評価をすることが、あたかも‘上級者の証し’であるかのように
叩かれている。

心の赴くまま、感じたままに映画を観るようになった私は好きな映画だ。

2005年11月7日月曜日

2005年のマリリン‘夭逝’した本田美奈子へのせめてもの‘ご褒美’

ナリポンは別に本田美奈子のファンでもなんでもない。
世代的に違うし、そもそもデビュー当時は日本にいなかった。

だから、知っていると言えば、陳腐ながら例のへそだしルックで歌って
大ヒットした‘1986年のマリリン’や‘oneway generation’、
その後ミュージカルに進出し‘ミス・サイゴン’でキム役を演じた事ぐらいだ。

しかし、昨日この訃報を知ってからは、何故か悲しい気持ちでいっぱいだ。

それは何故なのか・・・

見た目で言えば‘夭逝’と言ってもおかしくない若さのせいなのか。
不治の病と言われた病気が治る病気と認識され、
実際に彼女も克服したかに思えた後の急死だったせいなのか。
アイドルから脱皮し、常に向上しようという強い志を持ち、ミュージカル、クラッシック
と成長・進化を遂げていながら、志半ばで逝ってしまった無念さが伝わってくるせいなのか。

彼女の死に、コメントを寄せていた工藤夕貴にもそういう、志の強さを感じる。
映画‘ヒマラヤ杉に降る雪’でのハツエはなかなかのものだった。
ラスト法廷のシーンは何度もリプレイで観た覚えがある。

テレビでは訃報を伝える時に、本田美奈子自身が歌う‘アメージング・グレイス’を
BGMで使っていた。

18世紀に生まれた曲だが、日本でポピュラーになったのはテレビドラマ‘白い巨塔’で
使われたお陰かもしれない。

病院を舞台にしたドラマか・・・。

自分の葬式に使って欲しい曲ランキングでも、この曲は常に上位に入る。

‘実際の彼女の葬儀ではどんな音楽が使われるのだろうか’

‘臍だしルック’でブレイクした彼女が‘臍帯血移植’で一度は元気になった、
という言葉遊びは我ながら下品だ。

しかし、若くして逝ってしまった彼女には‘ご褒美’もある。
その悲劇性を伴った死のせいで、残した作品がいっそう感動的にフリーズされたまま、
永遠に残るのだ。

もっと生きて、もっと色々な活躍を期待したかっただろうが、もう逝ってしまったのだ。

それでも、彼女の作品は、歌声は永遠に残る。

尾崎豊もそうだし、hideもそうだし、ナリポン的には例のジム・クロウチがそうだし、
マイナーだが大塚博堂もそうだ。

私は今日はじめて聴いた、彼女の曲の虜になった。
ひとつは‘つばさ’という曲だ。
もう1曲はミス・サイゴンで歌った‘いのちをあげよう(I'd give my life for you)’だ。

正直、彼女の死の直後に聴いたことにより、感動が増幅された可能性は高い。

特にファンでもなかった私の心にもこれだけ響くのだから、
本当のファンには堪らないだろう。

考えてみれば、私は、約2年間帝劇のあるビルにあった米銀にいた。
ミス・サイゴンのポスターも見ていたし、帝劇のすぐそばの洋食屋やうなぎ屋には
よく通っていた。

今の私は、何故リアルで彼女の舞台を観なかったのかと思っているが、
人生後からそう思うことはいっぱいある。

2005年11月3日木曜日

外国為替証拠金取引に嵌っている‘虚業家’?~ポジション張っても命は張るな~

昨日の記事を書いた後、グリーンスパンでブログ検索を行ってみたが、そこで気付いたのは、
世の中に外国為替証拠金取引に嵌っている人々が結構居るという事だ。

正直、記事の内容にもバラつきがあり、きちんと勉強している風情の人も居れば、
FRBもFF金利も何もわかっちゃ居ないという感じの人も居た。

個人が株式取引を行うことは極普通のことだが、
FX取引は長い間外為法の規制下にあったせいか馴染まない。

私が現役ディーラーだった頃、友人や知人によく浴びた質問がある。

‘今後の為替見通しは、どうですか’

特に異業種の人達との会話では頻繁に交わされた。
そりゃそうだ、自分もそうだが相手の専門分野について質問するのはある種の‘礼儀’とも言える。

でも、相手の‘礼儀’に対して、私の答えはいささか‘無礼’だった。

‘いやぁ、それが判る位なら銀行でディーラーなんてやってませんよ。
個人でやってますよ’

実際、客の取引の絡まない純粋な‘スペキュレーション’だけで、年間ン億円稼ぐ。
何十億も稼ぎ出すディーラー達も居る。

彼等が手にするのは、そのうちの何パーセントのインセンティヴ・ボーナスだ。

当時でも、日本では規制下にあったが、海外の銀行を使えば、
個人でも‘マージン取引’という形で取引する事は可能だった。

でも私には個人のアカウントで取引するガッツはなかった。

‘相場なんてあんな恐いもの、他人のアカウントでしかやれませんよ’

ディーラーに相場見通しを訊くのも、ろくな事ではない。

朝一番には‘どう考えても買いだろう’と言っていた奴が
昼には‘売るしかない’とやっているのがディーラーの本性だ。

ディーラー達の言う、短期的見通しとは‘1日’のことであり、中期的でも‘2~3日’、
長期的で‘1週間’と言ったところだろうか。

逆に、常にそうやって売り材料、買い材料に柔軟に反応するのが資質のひとつかも・・・。

金利に関しての相場は、見方を間違えなければ、比較的安心してポジションをキャリーできるが、
為替は日足に現れない折れ線の動きがあり、そこが面倒だ。

それでも、近年は相場の幅や動きは昔に較べればおとなしい。

20年前には、例のプラザ合意があり、10年前には79円75銭の円高があった。
下が5の年はなんかありやと思いきや、2005年の今年は何も無いのか、これからあるか。

昔は情報ベンダーに信じられない高額の料金を払って、各種の情報を買っていたが、
いまやネットでかなりの情報が無料で入手できる。

そういう意味でも、個人が為替取引をする環境は整っているかも知れないが、
一方で色々な問題もある。

当局もそれなりに、法整備をしているにも拘らず、悪徳、悪質業者が蔓延る。

連中の甘いトークにのせられて、安易にリスクを取っている人々も多そうだ。

レヴァレッジの効いている分、実際の自分の現物資産と抱えているリスクの違いを実感できずに、
失敗する人も居るだろう。

負けを取り戻そうと、次第にポジションが大きくなる人も居るだろう。
そして、最後には・・・

‘ポジション張っても、命は張るな’

この前、ニュースで‘りんご(ふじ)が1万4千個盗まれた’というのをやっていた。
そして、その被害額が100万円と聞いた瞬間、妙な感情に襲われた。

何ヶ月に渡り丹精込めたりんご農家は勿論、1万4千個のりんごをつるが取れないように
(取れると商品価値が無くなるらしい)盗んだ泥棒さえも、ある意味‘実業’だ。

その実業の価値が100万円。

株やFXの個人トレイダーがうまくやれば1日で100万稼げるかもしれない事が、
なんとなく‘虚業’に見えてしまう。

自分がディーリングで20年間メシを喰ってきたのに変な感じだが、
病気と加齢のせいで枯れてしまったのだろうか。

2005年11月2日水曜日

FRBはサプライズ無しの利上げ~gradualistグリーンスパンは14連続‘パー’でホールアウト?~

アメリカではFOMCが開かれ、フェッドファンズの目標値が0.25%引き上げられ4%になった。

市場でも広く予想された通りで、全くのノー・サプライズで為替相場も膠着した。

それにしても、さすがグリーンスパンのやり方という印象だ。
去年の6月に、ほぼ1年間1%という超低水準に据え置いていた金利を0.25%引き上げたが、
それ以降、年8回開かれるFOMCすべてで0.25%の利上げを実施、
今回で12連続という事になる。

どこがグリーンスパンらしいかといえば、先ずはこのジリジリとした上げ方だ。
FOMC開催時に一度もスキップもしなければ、逆に上げ幅を0.5%とかにもしなかった。

就任直後のブラックマンディの教訓を活かしてなのか、彼は典型的なgradualist(漸進主義者)だ。

もうひとつは、市場に対して、FRBが何をどう考えているのかよく説明することだ。
金融政策の変更もFOMCのスケジュールに合わせて行われるし、
なぜそうしたのか、そして今後はどういうスタンスで行くのかまできっちりと説明してくれる。

彼の前任者のボルカーは、市場環境の違いもあったが(FF金利が20%の時もあった)、
市場にサプライズを与えるような政策をすることが多かったし、
自分達が何を考えているかについても、謎めいたことしか言わなかった。

だからこそ、いわゆるFEDウォッチャーなる専門の職業も花形だった訳だ。

その点、グリーンスパンは市場にわかりやすい形でメッセージを送るから、
どんなアフォなエコノミストでも次の政策を予測する事ができる。

‘まあ、ディープ・インパクトの単勝100円元返しみたいなもんだ’

投資家にとっては安心感があるだろうが、短期的な混乱を望むディーラー達には面白みは無い。

ハリケーン・カトリーナという予期せぬ出来事があったのに、
やや無理矢理、当初の規定通りのアクションを取った感もある。

来年1月末の退任までは、12月13日と、1月31日の2回、FOMCが開催される。

まあ、ゴルフに例えるならば、過去12ホールは全部パーだった。

残りの2ホールも‘グリーン’にきちんとオンさせて‘スパーン’とパーを決めて、
引退の花道とするつもりかもしれない。

インフレ・ターゲティングを推進する後任のバーナンキを必ずしも、
最大の適任者と考えていない節もあり、
その前に自分の手で、やりたいこと、やるべきことをやるのではないだろうか。

すると、FF金利は4.5%、歴史的に見ても、まあ中立的な水準と言えるのではないか。

ナリポンの個人資産は、ビル・ゲイツには及ばないが(笑)、その一部は米ドルで持っている。
証券会社のMMFだが、ここ1年半のような金利上昇局面では、
それが直ぐ利回りに反映されるのはメリットだ。

約0.4%という外貨としてはミゼラブルな時もあったが、今回の利上げで3.4%位になるだろう。

日本は日銀が‘緊急避難的’にゼロ金利政策を採用してから、もうすぐ7年目を迎える。

7年間も‘緊急避難’している異常さに、そろそろ気付いてもいい環境が整ってきたのではないか。


過去の関連記事

ボルカー!俺も男だ~グリーンスパン来年1月退任までの18年~

2005年11月1日火曜日

こりゃあ、一生ゴールド免許確実だな~無事故・無違反・‘無運転’~

運転免許証の更新の知らせがきた。

ナリポンが免許を取ったのは、大学4年生の卒業直前の冬だ。
その時期、他の連中は、海外旅行するのが流行っていた。

免許の発行、普通は自宅へ郵送なのだが、いち早く手にしたく出来上がりの日に
府中の試験場まで態々取りに行った。

車を持っている友人と一緒だった。
そして、免許証を手にした私が運転をして戻ってくる筈だったが、
小一時間運転したらぐったり疲れてしまい、結局は友人が運転した。

‘俺って、運転に向いてないかも・・・’

それから1年後の冬、仕事が終った週末スキーをしに苗場に行った。
通常ならば、私は運転しないのだが、その時は連れが睡魔に襲われそうになり、
前橋を過ぎた辺りで運転を代わった。

まだ関越道なんて高速は無い時代の一般道だ。
トラックが2台私の前にいて、さすがの私も追い越そうとした時だ。
1台目を追い越そうとした時に、その前の1台が急に停車しようとした。

取り敢えず1台と思っていた私は慌てて2台目も越そうとしたのだが、
その時対向車(トラック)がやって来て、激しいパッシングと警笛。

よく覚えていないが、私は一瞬死ぬと思って頭を下げたかもしれない。
結果的には、トラック2台に挟まれて‘川の字’状態になったものの接触は無かった。

車を停めた私は全身が震えて止まらなかった。

その一件以来、マジで運転が嫌いになったというか恐怖を感じてしまった。

シンガポール支店に転勤になってディーラーになった。
他の部署の日本人は3台あったカンパニー・カーに分乗して通勤していたが、
ディーラーは朝早く、夜遅かったので自力で運転するのが慣行だった。

そこで、何年ぶりかに運転するのだが、その時間帯の道は空いていたのでなんとかなった。
ただ週末の買い物とかは駄目、混雑するショッピングセンターの高層駐車場とかはパニックだった。

4ヶ月後に、妻がやってきた。

彼女は大学1年の時に免許を取得、中古車ながら直ぐに車を持って、
以来、輝かしい運転歴を有していた。

‘あぁ、この女と結婚してホントによかった、一生俺のショファーだな(笑)’

通勤も朝はカンパニー・カー、帰りはタクシー利用ということになり、
私は車の運転から完全に解放された。

日本に帰国後は車を所有しなかったが、その後、子供ができたのを機に購入。

そこで一念発起し、再度運転に挑戦したが、結局長続きせず駄目だった。
近所のゴルフ練習場に行くのが関の山だった。

‘要するに、運転が下手糞、それを知っているから余計に不安になる’

その後、心臓をやってしまったから、今の車は10cmも動かした事がない。

‘健常な頃だって、ドキドキ運転だったのに、今じゃ一発で心臓発作だよ’

おかげで人生、無事故・無違反。

ゴールド免許制度が出来て、何度目の更新だろう。

‘実態の無いメッキだらけのゴールドだな’

もはや、返上してもいいのだが、身分証明書としての価値はある。

当然だが、人生で一度も女性をドライブに誘ったことが無い。

つーか、運転しながら口説くなんて芸当は絶対無理だし、
ハンドルを汗べっとりにして運転している余裕の無い姿をみて惚れる女なんて居ないだろうし(-_-;)