2005年8月11日木曜日

リビングのエアコンが‘急逝’~冷たさを買える時代~

この暑さの中、リビングのエアコンが昨夜‘急逝’した。
死んだ親父の‘趣味’だったので、当時20万以上した大型エアコンだ。
享年、13歳。

エアコンといえば、かつて書いた
賃貸マンションのエア・コン壊れてホテル暮らし~クレイマーの真骨頂~にもあるように、
10数年が‘天寿’なのだろうか。

当地には、4つの代表的な家電量販店があるが、そのうちのひとつと、この4年間で
築き上げた関係を生かし、希望商品を極めて低価格で購入。

お盆で懸念された工事も、あさってにはできる素早さ。

穢土時代は、モノによって秋葉原巡りか、ヨドバシ、ビックカメラ等の量販店系かを選んで、
購入していたが、地方‘過激な競争'はむしろ消費者を優位にしている感がある。
(←まあ、ナリポンの交渉上手もあるけどね)

まあ、リビングのエアコンは私にとって‘死ぬほどの問題’ではない。

私が、リビングに‘赴く’のは、基本的には晩飯の時だけだ。

昔は、晩飯と言っても、実際は‘飲酒’を意味したから、平気で2時間かけていたが、
病人になってからは、平均で30分の‘滞在’だ。

ところが、自分の部屋のエアコンの存在はまさに‘生きるか死ぬかの問題’だ。
私の‘趣味’だったから、確か4万弱の安物だが、冷やす標的の私が‘不動’だから
部屋の広さに不釣合いでも、なんら問題ない。

心臓病の私には、暑さとか寒さとかは顕著なリスクだ。

その、リスクを回避し、なおかつ快適さを得られる‘冷たさ’を、これだけ容易に買える時代は有り難い。

一方で、過剰な冷房が齎す、環境問題、エネルギー問題、
人体への影響があることも承知している。

あの、小池百合子女史が提唱していた、クールビズもその一環だろう。

ただ、自分がガキだった頃を含めて、昔の人はどうやって暑さに耐えていたのだろうかと思うと、
もはや想像が中々できない。

行水や打ち水、氷柱の覚えはあるが・・・

その頃の、病人はどうしていたのだろうか。
今日は、通院の日で午後病院に行ったが、その時医者に質問した。

‘エアコンの無い時代は、この夏の暑さが原因で命を縮めた人って結構いるんじゃない’

‘えぇ、そうですよ。病気の人とかお年寄りの人とかは暑さが原因の場合も多かったでしょう。’

その昔、学生時代、電車によって冷房車かどうか当たりハズレがあった。
特に、急がない時は、暑いホームで、冷房車待ちをしたりしていた。
待ってる時間の方が、乗ってる時間より長かったりしたこともあったかも(笑)

山手線の冷房車に乗っかって、読書したり、デートしたりしたこともあったなぁ。

なんか、今日も、キレがないなぁ、って?
しかたないよなぁ、暑さで頭がボォーっとしてるから・・・(-_-;)
(ほんとは、アレのせいだろ)

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