今日7月13日は、通称ミドリブタこと故林美雄氏の命日だ。
あれから、もう5年になる。
2年前、このブログで追悼記事を3日間に渡って書いた。
林美雄を忘れない~あの夏の光と影は何処へ逝ってしまったの♪~
続・林美雄を忘れない~愛はいつも束の間、今夜遠く旅立つ♪~
続々・林美雄を忘れない~それは小林千絵ちゃんのお陰だった~
ところで今日の記事を読みながらも‘林美雄って誰?’と言う人がほとんどだと思う。
それが歌手だったり、俳優だったり、作家だったりしたら、
今からでもその作品に触れることができる。
実際ジム・クロウチだったら自信を持って薦められる曲がある。
Jim Croce(ジム・クロウチ)の魅力は瓶詰めされたまま~あれからちょうど?32年~
TBSの局アナ、深夜放送のパーソナリティだった彼を今から知ろうとするのは無謀だろう。
いくつか残っている音源を頼りにしても、その良さを理解できるかどうかは自信がない。
おまけにあの時代を共に生きた感覚、自我に目覚め青春を謳歌していたあの年頃だからこそ、
彼が極めてインフルエンシャルな存在として栄えたという気がする。
一般的に言えることだが、知名度の低い人のファンはコアなファンであることが多い。
ファン同士もその気持ちを共有することに積極的である種の連帯感も強い。
実際あの記事を縁に知り合って交流のある人もいる。
去年の今頃は松井の負傷のせいでブログの更新を止めていたが、
前の年に書いた追悼記事に書き込みがあった。
‘線香を上げさせてください’と言う内容だった。
どうやら検索で記事を見つけて立ち寄ってくれたらしい。
私はその書き込みを読んで感無量だった。
先ずはミドリブタの命日を忘れてない人がいるということ。
ただそれ以上に心が揺れたのは、自分の書いた記事を、恰も‘墓標’や‘位牌’のように
扱ってくれた人がいたことだった。
そしてその時、一年後の命日には忘れずにミドリブタの記事を書こうと心に決めた。
(だから今日は折角後半白星スタートしたのにヤンキースネタはお休みです。)
ただ2年前の3連続記事でほとんど書き尽くした感じもある。
その後の2年間でやった事といえば映画‘八月の濡れた砂’をまた観たことと、
時々発作的に‘山崎ハコ’のアルバムを聴くことぐらいだろうか。
ナリポン的にはミドリブタのお陰で知った歌手で最大のヒットが彼女なのだ。
ユーミンは別格だけど、結果的にはミドリブタ無しでも当然知ることができただろうから・・・。
まてよ、2年間で最も変わったことと言えば、私が彼の享年(58)に2年近付いたことかもしれない。
帰り来ぬ青春への懐古と憧憬が一層深まり、それがミドリブタの存在価値を永遠のものに
していくような気がする。
今年はこうして記事を書いたが、去年の人を含めて誰か線香を上げに来てくれるだろうか。
マーフィー的には誰も来ないような・・・(―_―)!!
まあ、年に一回命日に記事にすることが、線香一本、花一輪になると思って・・・(^_^)
そういえば、パックで流れてた藤竜也の歌(語り)で‘花一輪’というのもあったなぁ~。
‘道端の花一輪に目をやるいとまもなく生き急いできた、生き急ぎ死に急ぎ’
2007年7月13日金曜日
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