2005年7月11日月曜日

林美雄を忘れない~あの夏の光と影は何処へ逝ってしまったの♪~

林美雄、通称ミドリブタという名前を聞いて、反応できる人がどの程度いるだろうか。
世代的にも限定されるだろうから、恐らくかなり少ないのではないか。

彼は、元TBSのアナウンサーで3年前の2002年7月13日に、58歳で逝ってしまった。

その時、その訃報を伝える活字は、こんな感じだった。

‘70年代深夜放送のカリスマ’

‘最後のアナウンサーらしいアナ’

良く有り勝ちだが、若くして、逝ってしまった人間への、やや過剰な礼讃とも
言える表現かも知れない。

ただ、私の青春時代を語る時に、この男は絶対必要な存在だ。

当時の私は高校生で、受験勉強に明け暮れる毎日。
その頃、当然のように嵌ったのがラジオの深夜放送だった。

プロ野球の実況を探して、懸命にチューニングしても、よく聞こえない‘普通の夜’の時間帯を過ぎ、
‘深い夜’の時間帯になると、突然クリアーに聴こえてくる。
電波のトラフィックが軽くなるせいなのだろうか。

同じ事は、ラジオの向こうにいる送り手とリスナーの関係にも当てはまる。

夜という静寂の中で、聴く言葉や音楽は、昼の喧騒の中で聴くそれらに較べて、
遥かに大きな‘力’を伴って伝わってくる。

そもそも、夜というだけで、人は不安になったり、感傷的になったりする。
だから、深夜放送というのは、もうそれだけで、リスナーに対してある意味アドヴァンテージを、
持っているのだ。

おまけに、当時の私は、‘ちょっと触られた’だけで、心身ともに実にイージィに、
‘勃起’する年頃だから、ツボを捉えられたらすぐさま、虜になってしまう。

当時、我々の周りで、最も人気があったのは、野沢那智(声優、アラン・ドロンの吹き替え)と
白石冬美(巨人の星の明子ねいちゃんの声)がやっていた、通称‘ナチチャコパック’。

リスナーからの手紙で構成されるが、3時のエンディングに向けては、ほぼ100%泣いてしまう、
‘感動モノ’を紹介する。
仕上げは、ポールー・モーリアの‘シバの女王’、投書の最大の盛り上がり部分と重なり、
涙の量をさらに増量させる。

その、感動に浸っていると、なんとも奇妙なテンションの声が・・・


月夜のブタは恥ずかしい
ずんぐり影が写ってる
ガニマタ足で坂を降り
夜空見上げりゃ、星ふたつ
ぶっぶ~ (´・ω・`)



3時から始まる、パックイン・ミュージック第2部を担当した、
ミドリブタこと林美雄との出逢いがそこにあった。
因みに彼が起用されたのは、同期だった久米宏が体調を壊した事によるらしい。

ナチチャコパック組みの中から、この林美雄の2部への評価が次第に高まっていく。
ちょうど、干支で一回り違う、兄貴分の登場に我々は興奮し、感動するのだ。


実は、今日は、午後4時頃から、この日記を書くべき準備を始めたのに全然進まない。

まるで、引越し荷物の荷造りをしながら、懐かしい手紙や写真が出てきて、その都度、
深い思い出に浸っているような感じだった。

という訳で、今日はここまで・・・ぶっぶ~ (´・ω・`)

0 件のコメント: