2005年4月21日木曜日

同棲時代~若き日の妄想或いは実話~

男は女のアパートの鍵を棄てるために
態々江戸川までやって来た。

銀色に鈍く光るその鍵を何処に棄てようと同じなのに
1時間以上、4度も乗り換えてをしてやって来たのだ。
電車の中でも彼は鍵の過去を考え続けていた。

この鍵は彼女に関しての全てのマスターキーであった。
それだけに、今、それを投げ棄てようとしている自分が
信じられない位だが、色々考えた上での結論なのだ。
逆な見方をすれば、色々考えたからこそこういう結論に
なったのであって、感情に没入するだけなら
この生活を続けたって一向に構いやしないのだ。

心底嫌になっていたら、鍵を棄てることにこれ程の意義を
感じないないだろうし、その前に女を棄てれば
それで済むことなのだ。

男は自分の行為を一つの儀式だとおもった。
決断しきれぬ自分の心を形の上で決めてしまおうと
思ったのだ。

30分位、川原に寝そべって、スッと立ちあがり、
鍵を力一杯投げた。
向こう岸にも届くかと思うような軌跡を描いたが、
失速したそれは実際のところ川幅の三分の一も
飛びはしなかった。

殆ど音もたてずに川底に沈んだ。
その波紋は、川の流れに押されて無きに等しかった。

彼は「凡そ現実なんてものはこの程度なんだ。自分の
意志一つでどうにでも成り得るんだ。」と思った。
落日が丁度鍵の落ちた辺りの川面を照らしていた。

…その夜、彼のアパートは真っ暗だった。
そして彼女の部屋では
「オィ、俺鍵どこかに失くしちゃったらしいんだ。
不便だから御前明日にでも合鍵作ってもらって来いよ。」
という男の声が聞こえてきた。

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