私の50年近い人生で、最も愛を注いだ相手は、家族でもなく、恋人達でもなく、朋友達でもない。
それは‘長嶋茂雄’だ。
勿論、一方的で自分勝手な愛であり、相手は、その愛の存在さえも知らない。
ただそういう片思いだからこそ、常に自分のペースで安定した愛を築けたのだ。
彼の姿を、テレビで、あるいは球場で、その活躍を、ラヂオで、あるいは活字で・・・
人生の中で、どれだけの時間がそういったことに費やされたことだろう。
それだけ、大きな存在ならば、松井ばかり騒いでないで、今まで何故、
長嶋茂雄を取り上げなかったのか。
確かに行間に滲ませることはあっても、一度も本格的に書いたことはない。
答えは簡単だ。
その存在が大きすぎて書けないのだ。
どう表現しようと、どう説明しようと、なにか重要なものが欠落しているような気がして、
満足できないのだ。
そういう意味では、過去に私のラブレターを貰った女性達には、済まないが、
便箋2~3枚で伝えられるような‘代物’ではないのだ。
今まで、どれだけのプロの書き手が長嶋茂雄について、その思いの丈を書いてきたろう。
彼らも、どこかで自分達の筆の足りなさを感じているかもしれない。
とかなんとか、しきりに言い訳しながらも(笑)、長嶋茂雄について書いている今日の自分。
私にとって、最高の感動シーンは長嶋の現役の引退の日だ。
但し、あの有名なスピーチではなく、ダブルヘッダーの第一試合が終わって、
長嶋が外野スタンドのファンの為に、球場を一周するシーンだ。
テレビの実況が、
‘長嶋が泣いています、スタンドが泣いています。’
と語りながら、終には、自分の実況が涙声になってしまうところが涙を誘う。
当時、この引退場面がレコードになって発売された。(きゃぁ、レコードだって)
いつも麻雀をする友人の家にもこのレコードがあって、私の調子が良くなって勝ち始めると、
奴等はこのレコードをかける。
もう何度も使われている作戦なのに、いつも同じ場面でメソメソしてしまうのだった。
友人たちは、そんな私を追い込む。
‘おっと、涙で牌が見えません’
1975年の監督1年目、長嶋茂雄のいない、長嶋巨人は歴史的な記録で最下位に沈む。
(47勝76敗7分)
私は、友人と後楽園での最終戦をジャンボスタンドで観戦した。
平日のディゲーム、しかも消化試合とあって、スタンドはガラガラなんてもんじゃなかった。
そのちょうど1年前には、満場のファンの中にいた長嶋とは対極にあった。
‘私は今日ここに引退を致しますが、我が巨人軍は永久に不滅です’
それは、まるで、‘永久’と‘永遠’の使い方を、間違えたペナルティを受けたような光景だった。
見るからに暴走族っぽいお兄ちゃんが、ハチマキに
‘来年は優勝だ!’と書いて大声を出していた。
確か試合に勝った?(終った)時に、そのお兄ちゃんと握手をしながら、3人で
‘来年は絶対に優勝するぞ、おぉ!’と雄叫びをあげた筈だ。
明日、ミスターが、長嶋茂雄が、東京ドームにやってくる。
元気に復活していても、やや痛々しい復活でも、その‘御姿’を目にしたときに、
私の涙腺が堪えられるとは、到底思えない。
2005年7月2日土曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿