2005年7月2日土曜日

語っても語り尽せない‘長嶋茂雄’をあえて語ってみる~ミスターが明日復活~

私の50年近い人生で、最も愛を注いだ相手は、家族でもなく、恋人達でもなく、朋友達でもない。

それは‘長嶋茂雄’だ。

勿論、一方的で自分勝手な愛であり、相手は、その愛の存在さえも知らない。

ただそういう片思いだからこそ、常に自分のペースで安定した愛を築けたのだ。

彼の姿を、テレビで、あるいは球場で、その活躍を、ラヂオで、あるいは活字で・・・
人生の中で、どれだけの時間がそういったことに費やされたことだろう。

それだけ、大きな存在ならば、松井ばかり騒いでないで、今まで何故、
長嶋茂雄を取り上げなかったのか。

確かに行間に滲ませることはあっても、一度も本格的に書いたことはない。

答えは簡単だ。
その存在が大きすぎて書けないのだ。
どう表現しようと、どう説明しようと、なにか重要なものが欠落しているような気がして、
満足できないのだ。

そういう意味では、過去に私のラブレターを貰った女性達には、済まないが、
便箋2~3枚で伝えられるような‘代物’ではないのだ。

今まで、どれだけのプロの書き手が長嶋茂雄について、その思いの丈を書いてきたろう。
彼らも、どこかで自分達の筆の足りなさを感じているかもしれない。

とかなんとか、しきりに言い訳しながらも(笑)、長嶋茂雄について書いている今日の自分。

私にとって、最高の感動シーンは長嶋の現役の引退の日だ。
但し、あの有名なスピーチではなく、ダブルヘッダーの第一試合が終わって、
長嶋が外野スタンドのファンの為に、球場を一周するシーンだ。

テレビの実況が、
‘長嶋が泣いています、スタンドが泣いています。’
と語りながら、終には、自分の実況が涙声になってしまうところが涙を誘う。

当時、この引退場面がレコードになって発売された。(きゃぁ、レコードだって)

いつも麻雀をする友人の家にもこのレコードがあって、私の調子が良くなって勝ち始めると、
奴等はこのレコードをかける。

もう何度も使われている作戦なのに、いつも同じ場面でメソメソしてしまうのだった。
友人たちは、そんな私を追い込む。

‘おっと、涙で牌が見えません’

1975年の監督1年目、長嶋茂雄のいない、長嶋巨人は歴史的な記録で最下位に沈む。
(47勝76敗7分)

私は、友人と後楽園での最終戦をジャンボスタンドで観戦した。
平日のディゲーム、しかも消化試合とあって、スタンドはガラガラなんてもんじゃなかった。
そのちょうど1年前には、満場のファンの中にいた長嶋とは対極にあった。

‘私は今日ここに引退を致しますが、我が巨人軍は永久に不滅です’

それは、まるで、‘永久’と‘永遠’の使い方を、間違えたペナルティを受けたような光景だった。

見るからに暴走族っぽいお兄ちゃんが、ハチマキに
‘来年は優勝だ!’と書いて大声を出していた。
確か試合に勝った?(終った)時に、そのお兄ちゃんと握手をしながら、3人で
‘来年は絶対に優勝するぞ、おぉ!’と雄叫びをあげた筈だ。

明日、ミスターが、長嶋茂雄が、東京ドームにやってくる。

元気に復活していても、やや痛々しい復活でも、その‘御姿’を目にしたときに、
私の涙腺が堪えられるとは、到底思えない。

0 件のコメント: