2005年6月17日金曜日

カール・ベームとヘルベルト・フォン・カラヤン

ベームを聴いたぞ

それは最初の一音が全てを語っていた
それこそ人間の原始に訴える音だ

言葉は要らない
姿と光の英雄だ

老人の慈愛は
彼の存在を身近にする

拍手を惜しむな
二度と見られぬ姿だ
二度と聴けぬ音だ

拍手を惜しむな
彼の耳に僕の拍手が届くのだ
拍手を惜しむな

それが僕が彼へ表現することが
可能な唯一のことなら
拍手を惜しむな

手がなくなる程拍手しろ
手がなくなるまで拍手しろ


上の詩は、1977年、カール・ベーム指揮、ウィーン・フィルハーモニーのコンサートに
行った日に書いたなんともベタな詩だ。

当時、私は大学生だった。
クラッシックしか聴かない兄貴は霞ヶ関の役人になって間もない頃だった。
彼の激しい薦めと、半額援助(4000円)という中途半端ながらも、当時の安給料の中から
捻出するという気概に圧されて、行く事を決心したのだった。

場所はNHKホール、演奏曲はベートーヴェン没後150年に因んで、交響曲5番と6番。
そう、あのポピュラーな‘運命’と‘田園’だった。

感激したのは私だけではなく、一緒に行った友人も同じだった。
渋谷駅まで歩く途中で、友人が
‘ここちょっと高いけど、魚がうまいぞ。飲んでいこうぜ。’
と言って、入った店が古臭い一軒屋の店「玉久」だった。
そう、その後、あの渋谷109の建設で立ち退かなかったあの店だ。
(今は結局、ビルになったらしいね)

その年の秋には、ヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィルハーモニーを率いて来日した。
カラヤンは当時の日本では最もポピュラーな指揮者だった。
兄の援助は無く、しかもベームが8000円だったのに12000円だったと思う。
場所は、かなり微妙な建物の‘普門館 ’だった。

公演後、どこにも寄らずに帰ったし、特に日記に記述も残していない。

ベームで味わった感動を超えられず、むしろさらに鮮明にさせただけだったのかも知れない。

何れにせよ、今思い起こせば、ふたりの偉大な指揮者に直接‘対峙’することができたことを、
心から良かったと思う。

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