2005年6月30日木曜日

1円玉を拾うのは経済的にマイナスの愚行?~1円について考える~

バブルの時代だったと思うが、こんな話を耳にしたことがある。

‘人間が1円玉を拾う行為に消費するエネルギーを補給するコストは1円より高い。’

ソースは明らかでなかったが、ひとつのレトリックとしては面白かったので、
当時の私も‘したり顔’で、会話の中で利用した。
と同時に、落ちている1円玉は勿論のこと、自分が落とした場合でも
そのまま放置していた。(ウソ)

‘1円を笑う者は1円に泣く’という諺もある。

私が、1円に泣くというのは・・・
買い物をして端数が1円で、1円を持っていないために、お釣りがじゃらじゃら来る時かな。

だからといって家から買い物に出かけるときに、わざと1円玉で9円とか持って出かけると、
逆に端数が出なかったりするわけで・・・(笑)
もう、典型的なマーフィーの法則。

お釣りでもらう小銭は、日本だと全部受け取っちゃうけど、
海外だと‘Keep the change.’でお互いスッキリ。
(ああ、そういいながら、ユーロになって使えない紙幣やコインが結構家にある。)

携帯電話とかで、古いモデルは1円とかやってるけど、息子とかは最新じゃないと嫌だって、
ごねるし・・・。

でも為替ディーラーにとって1円って言ったら、そりゃもう大変。
基本単位(1本)が米ドル百万ドルだから、1円動くとプラ・マイ100万円。
10本だと、1千万円ということになる。

最初に入った日本の銀行の本店のディーリングルームでは
‘2円に行く’という‘隠語’があって、
意味は‘トイレに行く’という意味だと先輩に聞かされた。

チーフディーラーが場中にトイレに行ったら、その間に相場が2円動いていた、
ということからきているらしい。

彼が行ったのが、‘大きい方’なのか‘小さい方’なのかは、わからないけど・・・(>_<)

‘小’に行く時は、‘50銭に行く’とかいうと、結構、メリハリがあって‘粋な表現’になる(笑)

まあ、1円に泣くといういかにも教育的な意味合いは、現実の経済生活ではチョッと迫力無いけど、
例えば入学試験の‘1点’とか、ゴルフの‘1打’とかは、シリアスな結果の違いをもたらすよね。

そうだ、スポーツの世界はシヴィアだね。
でも、‘100分の1秒を笑う者は、100分の1秒に泣く’て言われてもなぁ。
(おまえしか、そんなこと言ってねぇーし)

因みに、最近のナリポンは、1円が落ちていたら拾いますよ。
加齢とともに基礎代謝は落ちてきているし、心臓の病気のせいで運動が出来ない今、
エネルギーを消費できるなんて嬉しい事ですから・・・。

でもね、拾った私に誰かがつぶやくんですよ。

‘金なんか、墓場には持っていけませんから’

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