2005年12月9日金曜日

顔が見えない‘存在感’のない巨額損失事件の痛々しさ~みずほ証券誤発注事件~

みずほ証券が、株式の注文の操作を誤ったために300億円を超える損失(未確定)を蒙りそうだ。

20年近く、ディーラーとしてメシを喰ってきた経験のある私としては、
様々な損失事件を見聞きしてきたが、今回のような単純な事務的なミスで
巨額の損失が発生するのは、不謹慎だが正直‘存在感’が無く、単に痛々しく見えるだけだ。

歴史的にみてディーラーの損失事件には‘存在感’があった。

1982年、私がディーラーとしてシンガポールに赴任した直後、
第一勧銀のシンガポール支店が外為取引に失敗し、97億円?の損失を出す事件が発覚した。

張本人とされたK氏とは面識がなかったが、その後、何年かして、
ロンドンのマネーブローカーだったK氏と初めて対面し、
さらに何度か会い食事を一緒にしたこともあった。

ディーラー仲間からK氏の評判は耳にしていたが、本当に人間的に素晴らしいという
印象を与える人物だった。

ポジションやロスのリミット等の管理がまだ確立されていない時期に、支店の収益をあげようとし、
発生した損失を何とか取り戻すそうと苦闘し、結果的に損失を拡大させてしまったのだろう。

金銭を個人的に着服するような事は無い。
強いて言えば‘敏腕ディーラー’と呼ばれる名声を手にしたがったのかもしれないが、
実際会うと、そういうタイプの人間にも見えない。

波乱の人生の結末は予想以上に早くやってきて、その訃報は世界を駆け巡ったが、
『プレジデント』?に掲載された、彼の死についてのレポートは涙をさそうものだった。

84年には、富士銀行ニューヨーク支店で、115億円の為替損失事件が発覚する。
ドル高の中ドルの売りポジションを積み重ね、金利差のキャリングコストも膨らんだ。
85年だったら9月に例のプラザ合意で、急速な円高が進む訳で、
一歩間違えば頭取賞ものだったかもしれない。
このディーラーのN氏とは何度か電話で話した事があった。
また、事件発覚後、ニューヨーク支店長が肩を落とし、寒さに震えている写真が
‘フォーカス’されるが、それをやったのが実は大学時代の同級生だった。

こう言った損失事件の背景には、当時はディーリング業務の管理体制が未熟だったことや
過剰な収益目標設定があったと思う。
邦銀のディーラーなんて、当時は別に儲けてもインセンテイヴ・ボーナスがある訳でもなく、
ひたすら会社の収益のために不眠不休で働いていた訳だ。

そういう責任感は、逆に言えば損失の発生を隠蔽したくなる弱さを生んでいたかも知れない。

ただ、同じディーラーとして、損失が拡大していく過程での彼等の葛藤や苦悩を想像すると、
色々なことを考えてしまう。

100億が巨大損失と騒がれたが、それから10年たつと、さらに巨額化した事件が発生し、
どの程度の金額が巨額かわからなくなってくる。

昔はDカップで巨乳だったのが、今はIカップとか言われて思わず指折り数える・・・(-_-;)

1995年、大和銀行ニューヨーク支店の井口俊英が10年以上に渡り米国債の取引の失敗を
隠蔽し続け、結局1100億円余りの損失を発生させる。
彼の場合は、隠蔽の仕方もより悪質で、勝手に保有有価証券を売却して穴埋めに使ったり、
一部個人的にポケットに入れたりした‘犯罪’だった。

直接頭取宛に事件を告白していながら、大蔵省を巻き込んで情報開示が2ヶ月以上遅れたのも
国際的に問題視された。

ただ為替市場では、損失分を手当てする大和のドル買いの噂はあり、
4月に80円割れの円高をつけた反騰局面で、榊原氏の介入を支援する形になった。

また井口氏の上司は以前シンガポール時代に知っていた人物だったが、
発覚後間もなく地下鉄で偶然出会った時、彼の髪の毛が真っ白になっていたのが印象的だった。

そして翌年には、住友商事の浜中泰男が、銅取引で大損した事が露見する。
全世界の銅取引の5%のシェアを占める‘ミスター5%’と持てはやされ、
ブローカーとも不適切な関係を持ち、損失の穴埋め、隠蔽のための不正取引を続けた。
最終的には2850億円という、まさに空前絶後の巨額損失事件になった。

実はある友人が住商に勤めており、一時期浜中氏と同じ部で働いていた。
一緒に飲みながら‘尋問’してみたが、やはり口は重かった。

大和銀行にしても、住友商事にしても、驚くのは、損失の額だけでは無い。
海外のディーラー仲間によく言われた点は、あれだけの損失をしても
日本の企業が平気で存続している事だ。

同じ時期に英国王室御用達の名門マーチャントバンク、ベアリングズ社を、
ニック・リーソンという1人のトレーダーが潰してしまった。

シンガポールのSIMEXで日経平均の取引に失敗、約1400億円のロスを出したのだ。

これらの損失事件の一部は小説になったり、映画になったりもしているが、
彼等の顔が見えるし、追い込められた時の人間の心も窺える。
要するに‘存在感’があるのだ。

それに較べると、2001年電通株でのUBSウォーバーグ証券のチョンボや
今回のみずほ証券のミスは、余りにも単純過ぎて‘存在感’がまるで無い。

まるで無い‘存在感’の割には、損失は取り返しのつかない巨額なものになり、
株式市場の大混乱も招いた。

そのミスマッチが余りにも痛々しい。

インプットを間違えた社員は一体どんな心境なのだろうか。

‘なあに、かえって免疫力がつく’だって?

そりゃ、無いでしょう(笑)

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